衆院選、小池さんの敗因はこの一事に尽きる

井戸まさえさんの「ドキュメント候補者たちの闘争」を読了した。

2017年の衆議院選挙が如何に従前の国政選挙と異なった異端の選挙であったかを、ほぼ余すことなく書いている。

希望の党ツイッターより:編集部

それまでの常識がまったく通じない特異な選挙だった、という意味で「異端」なんだろうが、しかし、私はこの「異端」が、衆議院選挙に関してだけは当たり前になるような気がしてならない。

これからの選挙はかつての選挙とはまったく違うものになるだろう、ということは、選挙の現場から離れて9年になる私にもよく分かる。

かつての選挙手法は、段々通じなくなる。
その時々の風の吹き方で、あっという間に選挙情勢が変わってしまう。
それまで営々として築き上げてきた選挙基盤が一瞬にして崩壊することもあれば、選挙運動らしい運動もしていない候補者が時の勢いであっという間に勝利を獲得することもある、ということだ。

いくら実績があろうが、いくら有能であろうが、いくら日頃の活動を地道に積み重ねていようが、風の吹きぐあい一つであっという間に灰燼に帰してしまうことがある、というのは候補者にとっては実に恐ろしいことであり、そして時には残酷なことになる。

来年に行われる国政選挙が衆参同日選挙になれば、多分同じようなことが起きるはずだ。

どうやってその時々の風を掴むか、誰がその風を掴むか、ということが大きな課題になる。

井戸さんの記述を読んで改めて気が付いたのだが、昨年の衆議院選挙での希望の党の予想に反しての思いがけない敗北は、小池さんが衆議院選挙の候補者になれなかった、という一事に尽きるのだろうと思っている。

そんな馬鹿な、と仰る方が多いだろうが、昨年の衆議院選挙はその程度のものだった。

民進党の代表であった前原氏が、希望の党との合流を決断し、民進党としては衆議院選挙に公認候補者を立てないという方針を立て、民進党の両院議員総会において全会一致でこれを承認した、という流れは、今となっては噴飯物だろうが、当時の情勢をよくよく観察してみると民進党側としては相当に合理的なものだった、ということがよく分かる。

窮余の一策だったかも知れないが、民進党は希望の党に合流することによって政権の座に一歩大きく近づいた、と見る人が出てもおかしくなかった。
若狭さん然り。細野さん然り。
長島さんも松原さんもそうだったかも知れない。

自民党も相当の危機感を持ったはずである。

しかし、小池さんが衆議院選挙に出ない、出れないということになって流れにストップがかかり、逆流し始めたのかな、という感じである。

こうなってくると、候補者一人一人の資質や日頃の活動ぶりなどは、まず、関係なくなってしまう。

そういったあたりのことを考えるに井戸さんの「ドキュメント候補者たちの闘争」という本は好個の資料を提供してくれるはずだ。

さて、それでは、選挙は風任せ、ということになるのかならないのか。
そうではないだろう、というのが私の見立てである。

風を見極める必要があるのは確かだが、風を活かせるか活かせないかで結果は大きく変わる。

井戸さんの本をよくよく読めば、自ずから勝利の方程式が見えてくるはずである。


編集部より:この記事は、弁護士・元衆議院議員、早川忠孝氏のブログ 2018年12月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は早川氏の公式ブログ「早川忠孝の一念発起・日々新たに」をご覧ください。