英国離脱後のEUは本当に大丈夫か

当コラム欄で過去4000本以上のコラムを書いてきたが、英国をテーマに書いたコラムは主にテロ事件だけで、純粋な英国物語が少ないことに気が付いた。昔の話だが、当方は半年間ほど英国に住んでいたし、英国は全く未知の国ではないのだが、ウィーンに居住してからは英国は地理的以上に遠い国になってしまった。その主因はやはり英国と欧州の間には海(イギリス海峡)があることだ。英国国民にとっても多分、海を越えた先の大陸は欧州(ヨーロッパ)であり、英国はその大陸には所属していないという意識が強いのではないだろうか。

▲クリスマス休暇後の来年1月7日に再開する英議会(英議会公式サイトから)

▲クリスマス休暇後の来年1月7日に再開する英議会(英議会公式サイトから)

英国は2016年6月、欧州連合(EU)に留まるか否かの国民投票を実施し、僅差で離脱派が勝利。それを受け17年3月、国民投票の結果に基づきEU離脱(ブレグジット)を決定し、EUの本部ブリュッセルに離脱意思を正式通告し、同年6月から離脱交渉を始めた。通告から2年後の来年3月29日には離脱が実行されることになっている。英国は1973年にEUに加盟してから45年以上の年月が経過したが、英国のEU離脱は英国国民だけではなく、欧州全体に大きな影響を及ぼすことは間違いない。

英国ケンブリッジ大学国際関係史のブレンダン・シムス(Brendan Simms)教授は独週刊誌シュピーゲル(12月15日号)とのインタビューで、「英国はEUから離脱するが、欧州から離脱するのではない」と強調する一方、「離脱する英国の未来より、英国を失った欧州の未来のほうが深刻ではないか」と指摘している。英国は歴史的に多くの戦いを経験してきた。英国はEU離脱で経済的に大きなダメージを受けるが、主権国家を奪回した英国は立ち上がるだろうと予想している。シムス教授はEU離脱後の英国の未来については結構楽天的だが、英国が抜けた後のEUの行方についてはかなり悲観的だ。

英国は世界第5位の経済大国(米中日独)であり、第4の軍事大国(米露中)だ。英国がEUに占めてきた経済実績は全体の15%、EU人口の13%だ。その大国が抜けた後はEU全体の国際社会に占める存在感、パワー、外交力は弱体せざるを得ないことは明らかだ。

英国のEU離脱問題では経済面への影響に集中しているが。地政学にも新しい状況が出現する。英国が抜けたEUには米露中の世界の軍事大国に対抗できるパワーは全くない。マクロン仏大統領が推進し、メルケル独首相が賛同する「欧州軍」の設置も目下、まだペーパー上であり、加盟国間でコンセンサスが得られ、実現するまでには多くの年月と交渉が必要だろう。

英国とEU間の離脱交渉は難航した。加盟国の離脱が初体験だからだけではない。英国は離脱後もこれまで加盟国として受けてきた恩恵を最大限キープしていきたい気持ちが強い一方、ブリュッセル側は英国の離脱決定が成功裏に進展し、離脱後英国がこれまで以上に発展する状況を回避したい思いがあったからだ。なぜならば、EU内には主権国家への回帰を主張し、ハンガリーやポーランドのように「自国ファースト」を標榜する加盟国が少なくないだけでなく、加盟国内の極右政党や民族政党が「それみろ、EUに加盟するメリットはない」と主張し、反EUを国民に煽ることになりかねないからだ。ブリュッセルはそれを回避するために、英国との離脱交渉では可能な限り離脱に伴う痛みを英国に与えようと考えてきたはずだ。

EUと英国間の離脱交渉が難産だったのは当然の結果だ。換言すれば、離脱交渉では、英国は既成の利権確保のため最大限のエゴイストとなる一方、ブリュッセルは脱退する加盟国に最大限の痛みを与えるサディストとして戦ってきたからだ。スムーズにいくわけがない。

英議会は今月11日にEUとの合意(案)について採決をする予定だったが、投票は来年1月に延期された。メイ政権の行方を含め、英議会の動向も不透明さを増してきた。「合意なき離脱」も現実味を帯びてきている。同じように、英国が去った後のEUの未来にも陰りが出てきた。欧州の統合の原動力役を演じてきたマクロン仏大統領は国内の反政府デモに押され、メルケル独首相は難民・移民問題で守勢を強いられてきている。

19年3月末には、欧州は18年まで続いてきた欧州ではなくなるだけに、英国国民だけではなく、欧州国民全てが不安と懸念を感じながら、新しい欧州に直面することになるわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年12月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。