イメージ操作にメディア荷担
選挙が民主主義を支えているという原理、原則が怪しくなってきました。大衆迎合的な選挙そのもの、有権者をイメージ操作する選挙対策を通じて、民主主義の危機が深まっているように思います。
最近の1年間だけでも、「民主主義の死に方/選挙が独裁をもたらす逆説」(米ハーバート大教授、新潮社)、「民主主義を脅かす格差拡大」(ファイナンシャルタイムズ紙コラム)、「各国で代表民主主義の危機」(パリ大講師、読売コラム)、「東欧革命、ゆがむ民主化」(日経ベルリン発)、「欧州覆う政治不信/ポピュリズムデモ」(読売ブリュッセル発)などなど、いくらでも記事を拾えます。
選挙対策が民主主義社会を脅かしている重要な要素だという気がしてなりません。佐藤優(元外務省)・手嶋龍一(元NHK)両氏の近著の「米中衝突/危機の日米同盟と朝鮮半島」(中公新書)に「選挙では、対外的な緊張が高まっていたほうがいい。そこで北朝鮮の核実験やミサイル発射を最大限利用し、Jアラート(全国瞬時警報システム)を何度も発動して、危機を煽った」という指摘がでてきます。
瞬時警報Jアラートの異常性
こうした見方は、以前から唱えられています。具体的な証拠、根拠はあるのでしょうか。佐藤氏は著書で「Jアラートを設計したのは私なんです、という人物に出合った」と、書いています。佐藤氏は事務次官経験者らのOB会の懇談に招かれ、Jアラート批判を繰り返しました。その時のことです。
「アラートのマニュアルに、屋内では換気扇を止めましょう、窓に目張りをしましょう、とある。これは化学兵器による攻撃を想定している。北朝鮮から飛来するミサイルは飛行中に数百度の高熱を帯びる。サリンなどの化学物質は熱に弱く、日本に着弾する時には無害化している。生物化学兵器も同じ。なぜ無意味な注意喚起をするのか」。これは佐藤氏の批判の一例です。
元高官は「実はイスラエルのマニュアルをそのままコピーしているのです」と、正直に答えました。イスラエルなら近距離から化学兵器で攻撃される可能性が常にある。それを事情のことなる日本に横滑りさせたと、佐藤氏は判断します。「異様なアラートの原本はイスラエルにあった。実際には役に立たないものなのに、政権にとっては使いでがあった」。危機の政治利用が両者の結論です。
政権による大衆向けのイメージ操作は、多くの国に共通しています。トランプ米大統領が北朝鮮の核開発問題をやり玉にあげているのは、核廃棄を実現させることができなくても、北への強硬姿勢が選挙対策に使えると踏んでいるからでしょう。実際に北の態度はのらりくらりで、核廃棄を口実に米軍の実力行使を回避させる作戦だったという説のほうが説得力があります。つまり北も勝ちを拾った。
少子化より財政危機こそ国難
17年秋の総選挙では、「急速に進む少子高齢化、北朝鮮情勢などを踏まえ」という名目で、「国難突破解散」が行われました。しきりと米軍による空爆説も流されました。「少子高齢化」がなぜ国難なのか。国難というのなら、「少子高齢化による財政危機」こそ国難で、本来なら財政再建策の選択肢を示し、国民に迫るべきです。政治は選挙に不利なことには沈黙するのです。
野党も財政健全化に熱心ではありません。今春の地方統一選、夏の参院選を念頭において、消費税上げ対策として2兆円の予算を組んでも、野党は反対しません。国民民主党の代表代行は日銀出身者なのに、デフレ対策のシンボルの意味でしかなくなった物価上昇率目標2%の削除を求めようとはしていません。
待鳥聡史・京大教授は「代議制民主主義」という著書で「有権者が選挙を通じて政治家を選び、政治家が政策決定する。これが代議制民主主義の仕組みだ」と、説明しています。当然、選挙が民主主義を支えている。ネット社会化が進む中で、選挙対策を大衆向けのイメージ操作に使いやすくなり、選挙結果を左右する傾向は増しています。
先ほど紹介した「米中衝突」の中で、手嶋氏は「北のミサイル発射が騒がれていた頃、地方のテレビ局で、JアラートのCMが盛んに流されていた。日本海側から北海道にかけての地方テレビ局は、経営がひどく疲弊している。そういう時に、ありがたいことに政府が広告を出してくれる」と、指摘しています。
Jアラートそのものは必要だとしても、イメージ操作に使われることはまずい。Jアラートに異常性はなかったか。テレビメディアがこの問題を本気で検証しようとしなかった理由が分かります。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2019年1月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。