「第42回日本アカデミー賞」の各優秀賞発表会見が15日、都内で行われ、約300万円の低予算で製作されたインディーズ映画「カメラを止めるな!」が正賞15部門中8部門で優秀賞を受賞した。
確かに、「カメラを止めるな!」はチャーミングな映画ですよね。
昨年の「カメラを止めるな!」現象はなかなかのものでした。面白いらしいよという口コミが「いやいや、とにかく見てよ」と何とも意味深な表情付きで伝えられたものです。その結果、低予算のインディーズ映画として異例の興行収入30億円超という快挙。
いやいや、私も好きなんですよ、どちらかと言うと。
関西弁のおばちゃんプロデューサーや、言いたいことも言えず色々難しいことに翻弄されていく監督など、個性的で愛すべきキャラクター達に思わず“あるある”と盛り上がりました。
なんなら、新宿の居酒屋あたりで「カメ止め」談義で延々と盛り上がるのもウエルカムなんですよ、実際。
そもそも低予算映画(あえてB級とは言いません)自体、嫌いじゃないんです。飯田橋ギンレイホールの3本立映画を観て育ったこともあってか守備範囲は広く、「フレッシュゴードン(フラッシュゴードンではないですよ)」もしっかり観たし、「ロッキーホラーショー」がかかれば、映画館で騒ぎたくなる口です。
ネットフリックス襲来の時代に、日本の映像コンテンツ産業としてどういう戦略を練るのか
さはさりながら、日本アカデミー賞で8部門受賞と聞くと、いや待てよと。
最優秀賞は3月の発表なので、今回受賞した優秀賞は、アメリカのアカデミー賞で言うところのノミネート作品という位置付けでしょうし、実際「万引き家族」は13、「北の桜守」「孤狼の血」は12とより多く受賞していますから、そこまで目くじらを立てるのも大人気ないのかもしれません(日本アカデミー賞公式サイト)。
とはいえ、映画を含めての映像コンテンツ産業は、世界的にまさに風雲急を告げる状態です。
4K以上の大画面テレビや5Gでの大容量通信など技術革新もあり、生活者が映画館以外でハイスペックな映像コンテンツを楽しめる環境は急速に広がりつつあります。一方で映画産業の世界の中でも、大ヒット中の「ボヘミアンラプソディー」では大人たちが、音響の良いIMAXやドルビーアトモスなどのスクリーンに高いチケットを買って集まるなど、音響からのリッチコンテンツ化の新しい可能性が示されたりもしています。
そして、何と言っても大きな動向は、ネットフリックスやアマゾンプライムの襲来でしょう。世界規模でのサブスクリプションモデルを武器に、潤沢な予算を投じてのリッチコンテンツの制作により、映像コンテンツ業界へ革命を仕掛けてきているわけです(ネットフリックス、番組予算を「年間1.4兆円」に拡大)。
実際、ネットフリックスを観ていると毎週のようにオリジナル作品がアップされており、そのほとんどがまさにメジャー級のプロフェッショナルでエンターテインメント性の高い作品群です。
意外にも、オリジナルのドキュメンタリー作品も充実していて、今までであればBBCやNHKでしか観ることのできなかった質の高いものが続々ラインアップされてもいます。
広義の映像コンテンツ産業を取り巻く環境は、まさにディスラプション(破壊的イノベーション)が起きており、日本の映画業界にとって、ピンチもチャンスにもなる環境変化が起きていることは間違いありません。
日本の映画産業はこの変化への対応次第では、独自のクリエイティブ力で世界のメジャープレーヤーに成り上がれるかもしれません。一方で、世界の片隅にある零細でマニアックな制作プロダクションのような立場に、業界自体が落ちぶれるかもしれない分水嶺に立っているのではと考えます。
「内輪うけ」「楽屋落ち」もほどほどにお願いします。
そんな蒙古襲来の時代だからこそ、映画業界のプロ中のプロの皆さんが、インディーズ作品に結構無邪気に盛り上がりまくっていることに、ちょっとした違和感と不安感を持ってしまうのです。
日本アカデミー賞を選考するのは、日本アカデミー賞協会会員の方々です。俳優、監督、プロデューサーや映画会社社員の方々など、映画の実務にかかわる業界人3960名ということですから、まさに日本の映画産業を担う方々です(日本アカデミー賞とは)。
確かに300万円の投資で30億円の興行収入という成果に対して、プロならでは着目する視点はあるのかもしれません。アメリカでも同じように低予算で莫大な興行収入をあげた「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」がかつて注目を集めましたし、続編も制作されその後の映画界に視点を提供したのも確かだと思います。でも「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」はアカデミー賞ノミネートもされなかったし、受賞もしていないですよね。(ちなみにその年のアカデミー賞最優秀作品賞は「グラディエーター」、他の受賞作も錚々たる作品群です。)
そう、「カメ止め」は、かつての映画青年たちのマインドに突き刺さる作品だっただけに、業界人や映画好きが“内輪うけ”とか“楽屋落ち”的なうけ方をしたというのがリアルな空気感ではないでしょうか。そこから、ネットフリックス時代に対応する最適化戦略への視点は正直感じられません。
多くの会員が、ハズシの一票を投じた結果、思ったより多くの部門で受賞したということかもしれません。
だとしても、やはり日本映画界産業の一年間の総括として「カメ止め」8部門受賞では、層の薄さを証明するようなものとは言えないでしょうか?
映画の仕事に関わる皆さんは、間違いなく大変幸せな方々です。
ハズシもたまには良いですが、映画好きの一人としては、王道を行くプロフェッショナルな作品で押しまくれる日本映画業界の将来にこそ期待しますし、革命的な変化の時代だからこそ、大いに勝機があると考えています。
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秋月 涼佑(あきづき りょうすけ)
大手広告代理店で外資系クライアント等を担当。現在、独立してブランドプロデューサーとして活動中。