厚生労働省はおそらく何かを隠してる(統計不正問題)

宇佐美 典也

宇佐美です。
今回は毎月勤労統計の不正問題について。
ある程度の事件の構図に関する知識を前提としているので、以下のリンク先などの他の記事を事前に参照されたい。

元日銀マンが斬る 厚労省の統計不正、真の“闇” (1/6):IT media

結論から言ってしまえば、私は今回の統計不正問題は事務方の単なるミスではなく「厚生労働省として、おそらく政治家ではなく官僚レベルが、政治的意図を持って指示して行った不正であること」だとほぼ確信している。

私の経産省における初任部局は調査統計部だったのだが、各省庁の中でも統計部局というのは、その任務の継続性、専門性、非政治性もあり、少し特殊な立ち位置にある。こうした特殊性は「総務省統計局(政策統括官含む)を頂点とする統計政策上のガバナンス」と「各省庁内の一部局としてのガバナンス」を受ける二重構造のガバナンスという形で制度化されている。

こうした統計部局のガバナンスの二重構造は統計部局内に独特な人事慣習を生んでいる。具体的には、統計部局内の職員は以下の3種類に大別され、バラバラに人事管理され、それぞれがその立場の違い・役割を意識しながら共同して仕事を進めている。(もちろん各省庁で異なる面もあるが、少なくとも私が在職していた2005〜2006年にかけては大きな省庁は概ね共通する構造を有していた)

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①ノンキャリ統計プロパー職員
→公務員生活の大部分を統計部局で過ごす専門家的ノンキャリ職員で、基幹統計の実施部隊となる。プロパー職員とも呼ばれる。統計部局の大半を締め、昔は採用すら別枠で行われていたほど人事の独立性が高いが、最近では統計部局の職員が減ったこともあり徐々に独立性が失われてきている。彼らは省内の統制と総務省統計局からの統制を両方とも受けるが、通常は公務員生活生涯にわたって付き合うことにになる総務省統計局との関係を重視する。ただし後述するように「③キャリア管理部門職員」に人事権を握られており、彼らから直接に強い圧力を受ければ総務省統計局の意向に反しても止む無く従うこともある。

②ノンキャリ一般職員
→一般の国家公務員のローテーション式人事の一貫として統計部局に配置されるノンキャリ職員。省内の通常のノンキャリ人事の対象となる。主として統計部局内での課室間の調整を任務とし、後述のキャリア管理職とプロパー職員の間に立って調整することが主たる任務となる。

③キャリア管理部門職員
→統計部局の管理部門に配置されるキャリア職員。主たる任務は省内他部局との調整と部局内人事である。部局内人事はプロパー職員の中核メンバーが素案を作り、キャリア管理部門職員が彼らの意見を尊重しながら固める。他方滅多に生じないのだが、政局的な決定が必要なことがあると、キャリア管理部門職員は総務省統計局との関係よりも省内の統制を重視する。なお統計部局は、政治家が統計政策に積極的に興味を持つことはほぼ皆無に近いため、政局に巻き込まれる場合でもそのほとんどは間接的な関係となる。

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このような統計部局の独特の構造を踏まえた上で、今回の事案に関する論点を考えてみよう。

まず論点の一つ目として「誰が、東京都の調査方法を変えて、本来調査対象とすべき事業所の調査を省略することを発案したか」ということである。これはおそらく東京都であろう。前述の通り基幹統計は主として「①ノンキャリ統計プロパー職員」が実施することになるが、彼らが総務省統計局の承認を得られた条件に反して調査設計を変えるインセンティブはほとんどない。

調査票に記入してもらうための実務は、都道府県が行うため、このようなことをしたところで厚労省側の仕事はほとんど減らないし、むしろ余計な調整をする分増えてもおかしくない。他方東京都にしてみれば、単純に事務作業が3分の1になるので恩恵が多い。そう考えると、おそらく東京都から厚労省に要望があったであろうことは想像に難くない。

続いて論点の2つ目として「誰が、総務省統計局に黙って、調査方法を不正に変えたか」という点だ。これに関しては「③キャリア管理部門職員」と推測される。基幹統計の調査設計を変えるとなると、当然総務省統計局の承認が必要となるのだが、今回厚労省は総務省に黙って調査設計を変更した。公務員生活を統計実務に捧げるノンキャリ統計プロパー職員は、こうした不正をしてバレれば自らの将来が台無しになるし、下手をすればクビになりかねない。また彼らの専門家としての職業倫理にも反する。

「②ノンキャリ一般職員」はそもそも物事を決める立場にない。そうなると、おそらく主犯はキャリア管理部門職員ということになるだろう。キャリアである彼らがこのような不正な意思決定をしたということは、おそらく省内他部局との関係でこのような意思決定をせざるを得なかった、ということなのだろう。

このような不正な指示をしてもキャリアはすぐに異動してしまうため、事後に不正が判明した時には部局内に残るノンキャリ統計プロパー職員が責任を負わされかねない。そのため、彼らが我が事として隠蔽し続けため、不正が長期化したと邪推するところである。

最後に論点の3つ目として「ではなぜ厚労省はこのような不正を働いたのか?」ということなのだが、これに対して厚労省は「調査中」としか述べていない。ただ、これに関しては調査すれば必ず原因がわかることである。なぜならノンキャリ統計プロパー職員は統計部局に長期に渡って勤務するため、当時の経緯を詳細に述べられる職員が複数必ず存在するからだ。

そしておそらくは厚労省は、調査手法を修正した2018年1月の段階でその理由を把握している。それでも、すぐに言えないのは、慎重に慎重を期して証拠を固めているのか、もしくは、外に言えないほど不味い理由があるのかどちらかであろう。

…と、探偵ごっこのようなことをしてきたが、この件は基幹統計という国家の根幹に関わる不正であることから、こうした疑念に関して、国会を通じて真相が解明されることを期待したい。もちろん都議会も人ごとではない(というか都議会が主戦場になる可能性すらある)。

おそらくは、今から見たらしょうもないとしか言えないような過去の厚生労働省の省内事情が原因なのだろうが、しばらくは余り予断を持たずに動向を見守ることとしたい。

ではでは今回はこの辺で。


編集部より:このブログは「宇佐美典也のblog」2019年1月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は宇佐美典也のblogをご覧ください。