FRBは1月30日の連邦公開市場委員会(FOMC)で、政策金利の引き上げを見送り、今後の政策金利の調整は忍耐強く行うとして、金利引上げの停止を示唆した。また、毎月500億ドルずつ行うFRB保有資産の圧縮を見直す可能性も表明した。
FRBは2008年のリーマンショック後に政策金利目標を0%近辺に置いた後、2015年10月以来9回にわたって徐々に2.5%まで引き上げてきたが、ここに来てFRBのパウエル議長は、急降下する株価の前に、政策を変更せざるを得なくなったのだ。その後下降トレンドにあった株価は急反発したことから、株価を下支えするいわゆるパウエル・プットが実行されたといえよう。
ただし、政策金利が引き上げられたといっても、2.5%は歴史的にまだ相当低い水準であり、またリーマンショックを境に0.9兆ドルから4.5兆ドルまで急膨張させたFRBの保有資産は圧縮されつつあると言っても、なお4兆1000億ドルと、リーマン前の水準を大きく上回っていて、米国の金融政策は依然として拡張的であり続けている。
その一方で米国の経済は好調で、失業率はパウエル議長の二代前のバーナンキ議長時代に目標としていた6.5%を大きく下回り、インフレ率も2%の近傍にある。だから、本来であればFRBは金融政策正常化をまだ続けたいはずだった。
では、今後FRBの政策はどうなるのだろうか。私はFRBは今後、金利引き上げはもちろん、保有資産の圧縮も停止せざるを得なくなると思っている。
これは、今回の米国の景気回復が、株や不動産などの資産価格の上昇に支えられたものであったため、株価の動きに敏感にならざるを得ないためだ。また、それよりも重大な問題として、超金融緩和政策の中で米国の企業と家計の債務が急膨張していることも金利引き上げに慎重にならざるを得ない理由だ。
米国の企業(金融機関を除く)の債務残高は2008年第3四半期の3.5兆ドルから2018年第3四半期には6.2兆ドルへ80%近い増加となり、家計の債務残高は17期連続で増加して2018年第3四半期には13.5兆ドルと前回の2008年第3四半期の12.7兆ドルのピークを超えている。とりわけ企業債務については債務を急増させているのが信用度の高くない企業が中心となっているため、金融政策の変更に大変敏感になっている。
こうした中で今後もFRBが金利を上げ、保有資産を減らし続けたら、金利が払えなくなったり、新規の借り換えができなくて倒産する企業や、破産する家計が続出するだろう。したがって、今回のFRBの政策変更は、ある意味で不可避のことだった。
今後FRBは、金利引上げも、保有資産の圧縮も停止することとなるが、これは株価にとっては追い風になるのは間違いない。
しかし、パウエル・プットがあったからと言って油断するのは禁物だ。これから合意なきブレグジットの可能性や中国の景気下降など、市場の波乱要因は多い。また、ブラックスワンと呼ばれる、予見できないが一旦起きれば金融システムや経済に破壊的影響を及ぼすイベントが現れない保証はない。
有地 浩(ありち ひろし)株式会社日本決済情報センター顧問、人間経済科学研究所 代表パートナー(財務省OB)
岡山県倉敷市出身。東京大学法学部を経て1975年大蔵省(現、財務省)入省。その後、官費留学生としてフランス国立行政学院(ENA)留学。財務省大臣官房審議官、世界銀行グループの国際金融公社東京駐在特別代表などを歴任し、2008年退官。 輸出入・港湾関連情報処理センター株式会社専務取締役、株式会社日本決済情報センター代表取締役社長を経て、2018年6月より同社顧問。著書に「フランス人の流儀」(大修館)(共著)。人間経済科学研究所サイト