「遺伝」と「遺伝子」、「ゲノム医療」と「臨床遺伝診断」は同じ言葉のように聞こえるが、その内容はかなり異なる。
日本では、親から子へと受け継がれる概念であるHeredity「遺伝」と科学的な概念であるGene「遺伝子」に同じ「遺伝」という言葉が用いられている。親から子へと受け継がれる遺伝子によって起こる「遺伝病」まで含めると、遺伝学教育がほとんど皆無の日本では、大半の人がこの時点で頭が混乱して何が何か訳がわからなくなってくる。
そして、「ゲノム医療」は、非常に多くの範疇を含むのに対して、「臨床遺伝診断」は、多くの場合、遺伝性疾患に対する診断を意味する限定的な範疇を意味している。
日本では長い間「遺伝病」に対して、負のイメージが付きまとってきた(今でも、その意識はあまり変わっていないように思う)。私は遺伝子(ゲノム)の多様性について40年近く研究を続けてきた。その中で、先天性疾患・遺伝性疾患も含めて、人間の多様性として理解し、お互いの違いを認識した上で、お互いに尊厳をもって接する教育の重要性を訴えてきたが、中学・高校教育では遺伝(子)と病気の関係に触れることを避けている。
欧米の遺伝学教育と比べて、日本のそれは本当にお粗末だ。日本の教育は差別を生むことを前提に臭いものに蓋をしているだけで、差別がいかに理不尽なものであるかを科学的な知見をもって示し、それを解消しようとはしない。文系の役人の科学的リテラシーの低さが、国の姿を歪んだままにしている。
その上に、医師でも、遺伝子(ゲノム)診断を正しく理解していない人が多い。各々が自分の専門領域で、遺伝(子)・ゲノム診断を語るため、議論がかみ合わない。これは、医学教育・卒後教育の欠陥のためだ。そこで、これから数回に分けて遺伝子・ゲノム診断について最低限知っておいて欲しい内容について紹介したい。
あくまでも、「人」に関連するものに限ってのゲノム診断の「い、ろ、は・・・・」に限定する。そして、遺伝子・ゲノム検査をDNA/RNAを調べる検査と定義する。
「ゲノム・遺伝子診断」は大きく分けても、「病気の診断に関連するもの」、「法医学的検査」、「感染症検査」(これも病気だが、病原体のゲノム解析という観点で区別しておく)に分類できる。
まず、私が、国際的なゲノム研究の世界にデビューするきっかけとなった、法医学分野の話をする。
法医学分野での遺伝子検査は大きな項目として、異同識別と親子鑑定がある。
異同識別というのは、言葉通り、異なっているのか同じものなのかを調べる検査である。たとえば、容疑者の衣服に微量の血痕があった場合に、それが被害者のものかどうかを調べて犯人を割り出す検査がこれに相当する。レイプ事件などで体液が残っていれば、犯人を特定できる。犯人が複数であっても鑑別することができる。
そして、大切なのが、遺体の身元確認だ。本人のDNAを取り出すことができる試料がどこかに残っていれば(ブラシに残った毛髪、吸い殻など)、異同検査をすることで確認できる。
たとえば、災害時に不幸が起こっても、身元確認に利用可能である。米国では9・11事件後に図にあるようなマニュアルが作成されている。私は1987年に、異同識別や親子鑑定に応用可能なVNTRマーカーを発表したが、これによって米国FBIからジョブオファーを受けたことがある。犯罪者に殺されるのが嫌で、断ったのは言うまでもない。もともとは、遺伝病を特定するために染色体地図を作るための道具として見つけようとしたものだが、DNA検査はいろいろな用途があることを学ばされた。
下図の丸と四角(四角は男性、丸が女性)は、3世代の家系図を示したものであり、赤四角で囲んだ部位にあるバンドは母方の祖母、母親と4人の女の子の共通であり、このバンドの相当するDNAが祖母―母―4人の女性の孫に伝わっていることがわかる。
下の図の右上は、米国のドラッグストアで販売されていた、約30ドルの親子鑑定キットの箱である。こんなものがドラッグストアで売られているのは、それだけ需要が多いことの裏返しなのか?????
編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2019年2月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。