ゲノム医療入門② 解析で感染症も丸わかり

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前回は法医学的な分野の紹介をしたが、今回は、感染症関係を簡単に触れたい。炭そ菌を郵送するバイオテロ事件が仮想のものではないことを覚えておられると思う。最近は、麻疹(はしか)が流行して騒ぎとなっているが、はしかやおたふくかぜの流行は、行政の不作為とリテラシーの低い日本のメディアの複合原因だ。

そして、平和ボケの日本も、細菌・ウイルスを利用したテロのリスクに対する考慮は必要だ。たとえば、天然痘は1980年に撲滅されたが、ウイルスそのものは廃棄されたのではなく、少なくとも米国には保管されており、その他の数か国でも保持されており、生物兵器と利用されるリスクが指摘されている。感染すると致死率が数十%との報告もあり、警戒は必要だ。それに加え、天然痘ウイルスゲノムは明らかにされているので、現在の技術では人工的に合成することも可能な時代となっている。

いろいろな感染症でも、ゲノム解析をすれば、どのように感染症が広がったのかを追跡可能だ。また、ウイルスゲノムが変異して、感染症が重篤化するようなケースでは、どのような遺伝子の変化が重症化につながったのかも直ちに解析することができ、治療薬の開発につなげることもできる。

かつては死の病と恐れられたエイズも、今や慢性疾患のようなになっているが、これはウイルスの作り出す酵素類に対する阻害剤や人のCCR5に対する阻害剤の進歩による。このCCR5が見つかったのは、エイズの原因であるHIV感染症にかかりにくい集団(AIDS患者とホモセクシャルな関係にある人や同じ注射器を使いまわしている人で、感染症が起こらなかった人)のゲノム解析の結果だ。

HIVウイルスは、人の細胞に入り込み、人の細胞内の道具を勝手に使い、増殖する。すなわち、細胞に入り込めなければ、増殖できない。上述の集団に、CCR5の異常があることを見出したのは、米国NCIにいた、私の知人であるマイケル・ディーン博士だ。上のスライドにはないが、感染症にかかりにくい・かかりやすい人のゲノム解析が、新薬開発につながる。

また、感染症に対しては抗生物質や抗ウイルス剤が利用されるが、副作用の強さが遺伝子の差であることも報告されている。アミノグリコシドという種類の抗生物質によって起こる難聴は、ミトコンドリア遺伝子の違いが関係することも報告されている。感染症に対する抗生物質の量も遺伝子の違いを明らかにして適量を決めれば不幸は減らすことができる。

子宮頸がんワクチン(パピローマウイルスワクチン)も、ワクチンが関係する・関係しないと言った不毛な議論が続いているが、薬剤もワクチンも、副作用・副反応ゼロを求めることは非現実的であるといったヒトゲノムの多様性を理解した議論から始めるべきなのだ。常に感情論だけで判断していては、防げる不幸を防ぐことなどできはしない。


編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2019年2月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。