安倍氏の「日本を代表し」に絶句
「トランプ米大統領にノーベル平和賞」、「安倍首相が推薦」は、誰も悪い冗談と思っていますから、新聞も紙面の片隅に押し込んでいるのでしょう。トランプ氏は「恐らく受賞しないだろう」と思い、その通りになりました。ノーベル平和賞の軽さ、トランプ氏の軽さ、安倍氏の軽さがよく分かりました。
「50年間は推薦者も非推薦者も公表しない」がノーベル賞委員会の内規です。それにもかかわらず、トランプ氏は「推薦状は5枚にわたる。首相は日本を代表し、あなたを推薦した」と、内幕を暴露しました。推薦される人なら名乗り出て構わないのですかね。しかも落選でしたから、普通の人なら口を閉ざしているはずです。安倍首相は「コメントを差し控える」と、どこか困惑してはいました。
気になったのは、まず「日本を代表して、あなたを推薦した」の、「日本を代表して」のくだりです。平和賞は過去の受賞者、各国の閣僚、国会議員、知識人に推薦依頼が来ますから、安倍氏に依頼がきても不思議ではありません。不思議なのは、安倍氏個人としての推薦ならともかく、「日本を代表して」の部分です。「ノーベル賞のことで勝手に日本を代表」なんていわないでほしいが、大方の声でしょう。
核廃棄の進展は見られず
「史上初の米朝首脳会談」が実現し、核兵器の開発に邁進する非人道的な独裁者を、国際的対話の場に引っ張りだしたことが直接の推薦理由になったのでしょう。「史上初の会談」はいいにせよ、核廃棄の具体的な進展はなし。北朝鮮の国民は貧困を極め、日本人拉致被害者問題にも「なしのつぶて」。
その程度なのに「ノーベル平和賞を」では、日本人が国際的にバカにされます。安倍首相は会談相手の金委員長も候補に推したのでしょうか。金氏をはずせば確実にむくれる。だからといって、平和賞にもっともふさわしくない人物です。この話は最初から無理筋だったのです。
各国の首脳同士が推薦を依頼されたりすることはよくあるようですね。ただし、テーマが米朝会談、登場人物がトランプ氏と金正恩委員長とあっては、よくよく考えて行動する必要がある。トランプ氏は、地球温暖化に対する懐疑論者で、自国が寒波に見舞われても、「温暖化のはずではなかったのか」と叫ぶ。国際な取り組みを決めたパリ協定からも離脱し、国内の石炭産業を振興するという。
国際貿易体制の基盤になっているWTOは、中国に対する対応が甘いとして、離脱を辞さない。そうなったら自由貿易体制が弱体化する。米国の国益さえよければという「アメリカ・ファアースト」は、世界平和に背を向けています。「国家間の友好関係、軍備の削減・廃止、平和会議の推進」に功績あった人物・団体を授賞対象にしている平和賞とかみ合いません。
金体制のために核は死守
米朝間の対話路線が続く間は、両国が実力行使で衝突することはない。そこまではいいにしても、その裏で北朝鮮は何を考えているか。「北の核執着は変わらず」、「核施設や核廃棄の計画リストの提出を拒む」です。核を保有し続けることが金体制の維持に不可欠だという考えはまず修正しないでしょう。
米国の国家情報長官がこう述べています。「北は今後も大量破壊兵器の能力維持、核兵器の製造能力を放棄する可能性は低い」と。北を会談に引っ張りだせば、来年の大統領選に有利に働くと、トランプ氏は考えているのでしょう。北も米国と付き合うふりをしておけば、金体制は安泰だし、経済制裁を緩めて会えるかもしれないと、思っている。
オバマ元大統領は09年、就任9か月でノーベル平和賞を受賞しました。「米国が先頭に立ち、核兵器のない世界を実現する」との核廃絶演説(プラハ)に異常な期待が高まったからです。そして何も起こらず、起こせず、早すぎた受賞は失望を買いました。
トランプ氏が平和賞を望み、安倍首相が後押ししたいのなら、十分に成果を見極めてからです。13年の平和賞候補は259の個人、組織(組織は50)に上ったそうです。それほど自薦や他薦が多い。平和賞は選び方の振幅が大きく、ノーベル賞の中でもっとも評価が低く、不要論さえ聞かれます。50年後に選考過程が情報公開されても、トランプ氏のことを記憶してい人は何人いますかね。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2019年2月19の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。