平成21年11月23日。
身を清め御祭服を着用された今上陛下が、松明の明かりが照らす中、神嘉殿に入られ、収穫に感謝の祈りを捧げられるのを、官房副長官として、少し離れた別棟から見守らせて頂いた。
もちろん神殿には空調など入らない。
晩秋の夜が更けるに従い、神殿も深々と冷え込む中で、臣下はひたすらそれを見守るのみ。我々には膝掛毛布が用意されていたが、陛下にはそのようなものもなく、長時間にわたりひたすら祈りを捧げられる。
宮中の木々の間から覗く眉月を眺めながら、日本書紀にも記述される新嘗祭というものの意味を噛みしめ、これこそが陛下のご公務の中核だと確信した。
陛下が、たびたび被災地を訪れ、苦難に直面した人々を激励されるのも、民の幸福・安寧、その前提としての五穀豊穣を祈る天皇の延長線にあるのだと直覚する。
私は、有史以来の伝統を有するこの祭祀が、日本国憲法が規定する国の宗教的活動とは思わないし、多くの国民も同様で、そうは思わないと信ずるが、もし、この宮中祭祀が憲法20条や89条が禁止する宗教的活動であり政教分離違反と解する向きが多数だとするならば、憲法改正によってでもその疑義を払うことが必要であろう。
改元の節目に当たっての大嘗祭がこれまで宮廷費で行われてきたことは当然であるが、一年の収穫の時期に、天皇が五穀豊穣を感謝し、国民の安寧を祈る、宮中祭祀の中核たる新嘗祭にしても、大嘗祭とその本質は変わらない。
これらの祭祀は、陛下の被災地訪問の源流にあるとも言える祭祀であり、まさに象徴天皇の本質とも言える、国民の平和・安寧・幸福を祈る天皇の存在そのものだと、私は考える。
それを、政教分離原則に反する虞れがあるからと、あえて皇族方の日常生活をまかなう内廷費で行うというのは、宮中祭祀という皇室行事の中核部分をあくまで皇室の私的活動の一環としてとらえるものであり、皇室行事を憲法をめぐるイデオロギー的論争に巻き込むことを回避するという意味では、時代を処する先人の知恵だったかもしれないが、本来の我が国の歴史と伝統を正面から見据えず、結果として国民の皇室の伝統、日本の伝統への理解を妨げてはいないだろうか。
議員時代にこのことを国会(内閣委員会)で質疑しようかとも考えたが、政治的にことを荒立てるのはいかがかと、思い留まったことを今更悔いている。
こちらの記事は、かつて私の番記者もつとめてくれた小口佳伸記者らが執筆したもの。
儀式と憲法 その課題とは | 特集記事 | NHK政治マガジン
紹介されているように、秋篠宮殿下のご発言もあるし、世に様々な意見があることは事実である。上述した通り、残念ながら、陛下をはじめ皇族の方々の本来のおつとめ、就中、宮中祭祀の意義や詳細は、必ずしも国民に広く知られているとは言い難く、皇族の方々も含めてその歴史的意義をもっと正面から捉えて頂いてもよろしいのではないだろうか。
ならばこそ、今回の改元の節目に当たり、我が国の長い歴史と伝統の中でも非常に重要な、宮中祭祀の意義や内容を、皇室内部の私的行事としてベールに包むのではなく、広く国民に共有することから始めるべきであり、この記事がひとつの契機となって、国民的な認識が深まることが望ましいと考える。
松井 孝治(まついこうじ)元内閣官房副長官、慶應義塾大学教授
1960年京都生まれ。東大教養学部卒業後、通産省入省。橋本政権下では内閣副参事官として「橋本行革」の起案に携わった。通産省退官後、2001年の参院選で初当選(京都選挙区)。民主党政権では鳩山政権で内閣官房副長官。13年7月の参議院2期目の任期満了を持って政界を引退。現在は慶應義塾大学総合政策学部教授。
編集部より:この記事は、松井孝治氏のFacebook 2019年2月23日の記事を転載させていただきました。転載を快諾いただいた松井氏に心より感謝いたします。