東京マラソンから学んだこと

駒崎 弘樹

走るのが死ぬほど苦手の僕が医療的ケア児の寄付のために走ることに決めて9ヶ月。

走るのが死ぬほど苦手なのに、フルマラソン走ることになったわけ

ついに当日が来てしまいました。

小学校では足が遅いことでカースト最下位だったこの私が、フルマラソンに。

しかし初フルマラソンにも関わらず、朝から雨ですよ。
ひどい、酷すぎる。
ショーシャンクの空に、じゃないんだから。

これでテンションだだ下がったわけです。

レース中

とにかく寒いわけなんです。
しかし頑張って走ります。

走っていて気づくのが、沿道の応援です。
このクソ寒いのに、見知らぬ僕を応援してくれている!

なんて良い人たちなんだ(涙
今までの赤羽マラソン10キロとか上野の森マラソンハーフでは、無言で土手をいったり来たりし続ける苦行だったり、上野の森では不忍の池を何周もする苦行だったりなんですね。

それに比べると、何と励まされることか。
体の辛さは同じだろうに、全然違うんです。疲れが。

35キロで心折れかけましたが、無事完走できました。最後は変なアドレナリンで、気持ち良くなっていました。

チームで走る

全然違うと言えば、今回1人でエントリーしたんじゃなく、フローレンスの仲間とチャリティランナーというフローレンスに寄付してくれた方々と一緒に走ったんですね。

で、やっぱり1人だったら、マラソンとか出ようとは思わないわけです。大変だし。
でも、仲間たちとLINEとかで励まし合ったり、チャリティランイベントとかで共に汗かいたり、そういうことをすることで、モチベーションを維持できたわけです。

家族の大切さ

途中の門仲でオカンが来てたり、最後の東京駅に姉が来て、なぜか応援しながら何十メートルか並走する、という家族愛をぶつけられて、今まで実家放置気味だったけどごめん、と。

学び

思ったのは、「応援の偉大さ」です。これ、仕事でもそうだよな、と。

自分は走り続けてきた。けれど、沿道の人々みたいに、自分はこれまでの人生で誰かを応援してきたか。
どこかの誰かに応援されただけ、どこかの誰かを応援できたら。

そう思ったのです。

さらには、「『みんな』の力」。
ぶっちゃけ1人では絶対やらなかったし、やってたとしても心折れていました。

仲間たちがいたからこそ、なんです。
よく言うじゃないですか。

「速く行くなら1人で行け。遠くに行くなら、みんなで行け」って。

本当にそうだよな、と思うのです。

マラソンもそうだけど、僕が行きたい場所って、遠く遠く、彼方にあるんです。

それは医療的ケア児が普通の子たちと同じで、何ら制度的差別も不条理も受けない社会であり。
病児保育なんて当たり前のサービス過ぎて無くて困るなんてことは一切ない社会で。

待機児童もワンオペ育児も児童虐待も、全部死語になっている。
そんな遠くに。

というわけで、これからも走っていきましょう。みんなで。


編集部より:この記事は、認定NPO法人フローレンス代表理事、駒崎弘樹氏のブログ 2019年3月4日の投稿を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は駒崎弘樹BLOGをご覧ください。