日産前会長の裁量保釈はなぜ許可されたのか?

山口 利昭

昨年12月21日および一昨日のエントリーで予想したとおり、日産の前会長さんの裁量保釈が三回目の請求により許可されました。5日深夜の報道によると検察の準抗告を裁判所が棄却したということで、これでようやく前会長弁護人は検察と対等に攻撃・防御ができる地位に立ったと思います。

東京拘置所から保釈が決まったゴーン被告(日産サイト、Wikipediaより:編集部)

これまでのエントリーをお読みになればおわかりのとおり、三回目の保釈請求は「機が熟したから」許可されたのであり、交代前の弁護人の方でも許可された可能性はあったと考えています。

①司法制度改革の時代における保釈の在り方(とりわけ公判前整理手続きとの関係)を現役裁判官が示した、いわゆる「松本論文」(2006年)の存在

②証拠隠滅のおそれの解釈指針を提示した2014年、15年の最高裁決定

③「日本版司法取引」という検察の新たな武器に対応して「裁量保釈の解釈指針」を示した平成28年刑事訴訟法改正と参議院附帯決議、そして

④実質的な余罪捜査の終結(と評価されたこと)

が、今回の裁量保釈が許可された大きな要因だと考えています。

では、新しい弁護人の弁護方針は保釈に影響がなかったのか…といいますと、けっしてそんなことはありません。たとえば新しい弁護人の方は、前会長との協議によって、自宅に監視カメラを設置したり、携帯・PCの使用を制限するなど、(前会長が証拠を隠めつするおそれがないことを示すために)厳格な条件を自ら裁判所に提案したといわれています。

3月4日のエントリーでも書きましたが、裁判所がこの時点で保釈を却下した場合には、日本の刑事司法に対する国際的な批判が一気に高まることが予想されます。しかし、裁判所はこれを理由に保釈を認めることは(主権国家の司法機関としては)できません。

また、「無罪の他人を巻き込むおそれ」が日本版司法取引には懸念されるなかで、否認を続ける被告人への勾留には、裁判所は最大限のデュープロセスを保障しなければなりませんが、一方で事件の背景にある「日産・ルノーの政治力学」の存在も、裁判所は忖度(そんたく)せざるをえないのかもしれません。

そこで弁護人は「裁判所の逃げ道を作ってあげる」必要があります。このような条件なら現行法の解釈によって保釈を許可することができる…といえる道を新しい弁護人は裁判所に示したものだと思います。とかく優秀な弁護士は「法解釈」によって裁判所を説得したくなるのですが、「新たな事実」を提示することで裁判所の解釈を助ける手法をあえて採用した点にとても感銘を受けます。

この「裁判所に逃げ道を作ってあげる」という発想は、元検察官の弁護人にはなかなか思いつかないものであり、長年、(被告人の利益のために全力を傾ける)刑事弁護に携わってきた弁護士だからこそ考え抜かれたものではないでしょうか。この点は「さすが」と言わざるを得ません。

国連に人権侵害を申立てつつ、保釈審査の最中に外国特派員協会で会見を行うことで裁判所を追い込みながらも、一方で逃げ道を用意するという手法は、したたかな手法であり、私も見習わねば…と思うところです。ともかく、これでようやく「10年間の日産のガバナンスはどのようなものだったのか」明らかになる道が見えてきたようです。

山口 利昭 山口利昭法律事務所代表弁護士
大阪大学法学部卒業。大阪弁護士会所属(1990年登録  42期)。IPO支援、内部統制システム構築支援、企業会計関連、コンプライアンス体制整備、不正検査業務、独立第三者委員会委員、社外取締役、社外監査役、内部通報制度における外部窓口業務など数々の企業法務を手がける。ニッセンホールディングス社外取締役(2013年3月~2016年11月)、大東建託株式会社 社外取締役(2013年6月~)、大阪大学ベンチャーキャピタル株式会社 社外監査役(2015年1月~2018年6月)、大阪メトロ(大阪市高速電気軌道株式会社) 社外監査役(2018年4月~)、財務省コンプライアンス推進会議アドバイザーなどを歴任。事務所HP


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2019年3月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。