ゴーン氏、15年前ポルシェ事故での悪い予感

秋月 涼佑

カルロス・ゴーン氏が保釈された。意表を突く変装に皆驚かされたが、東京拘置所からの移動にスズキの軽ワゴン車が使われたことも注目された。さらに保釈の夕方に訪れた弁護士事務所からの移動にはトヨタのアルファードが使われたようだ。

ネットやテレビでは、「日産に対する恨みっていうのをボク、使った車。スズキとトヨタだったでしょ。そういう意味では絶対、日産の車には乗るもんかという気持ちが表れていたんじゃないですか」(小倉智昭氏)と車種選択の意図を推し量る意見や、一方で「車種とか気にしてる奴馬鹿だよね笑」(堀江貴文氏)など様々なコメントが飛び交った。

保釈時の「変装」が話題に(NHKニュースより:編集部)

ゴーン氏が、自動車のメーカーや車種について何のリクエストもしないとは考えにくい

変装については高野弁護士が自身立案の作戦について失敗との声明を出しているが、車種選択についてはどこまでが弁護士の差配で、ゴーン氏の意向がどの程度反映されているのか現時点では報道されていない。しかしながらことゴーン氏については、車種選択に無頓着ということは少し考えにくい。何故なら彼が自動車会社のトップであった人間だからだ。

当たり前過ぎる話ではあるが、自動車会社の人間ともなれば自動車に関する設計・開発~製造、販売等を含めたほとんどの事象に関し、余程のもぐりでない限りは非常に細かいディテールまで含め繊細かつ意識的だ。

さて、私のエピソードをひとつ紹介しよう。広告代理店の人間である限り、自動車会社の社員と自動車で移動する際には、その方の会社のそれなりの車種を手配するのはマナーのようなものだ。走行距離の少なさやコンディションが最も良い状態の相手方の高級車種を手配した。「さすが、素晴らしいお気遣いありがとうございます」とまずは感謝の一言をいただいた。してやったりと思っていると、その方と親しい関係だったこともあって「でも少し残念、この車種は8気筒の設定もあるんですよね」とからかわれた(手配した車は6気筒であった)。

勿論もっと最高の接遇をしてくれという意図ではなく冗談なのだが、すぐに乗った自動車のスペックやコンディションまで気づいてしまうのが自動車会社の役職員であることは事実なのだ。

そんな自動車会社のトップを長年務めたゴーン氏が、メディアの注目を浴びる状態で自分が乗る自動車のメーカーや車種に対して何らかの指図をしないとは考えにくい。

2004年2月、ゴーン氏が白いポルシェで起こしたバイクとの接触事故

そんなゴーン氏が一人で白いポルシェに乗車中、赤坂でバイクに接触し、乗っていた男女に軽傷を負わせる事故を起こしたのは2004年2月だった。

車の画像はイメージです(flickr:Norsk ElbilforeningGreg Myers = 編集部)

【新聞ウォッチ】ゴーン社長、バイク接触事故にさまざまな憶測:レスポンス 

当時日産のV字回復を主導していたゴーン氏の威光は絶大で、相手のケガが軽傷だったこともあり、新聞の扱いはベタ記事程度。「研究開発名目で他社の競合車を所有している」(日産広報部)という公式コメント程度の説明で、事件はあまり大騒ぎになることもなく収束した。

しかし振り返れば、当時でも違和感は大きなものだったのだ。

もちろんポルシェという自動車は「最新のポルシェが最良のポルシェ」と謳われ、常に世界の自動車メーカーにとってベンチマークとされている。実際に研究所では走行実験を含めて詳細な分析の対象であろう。とは言え、なぜCEO自らが都内の公道で白いポルシェを走らせる必要があったのだろうか。

ましてゴーン氏のように広く顔を知られた著名人にして、目立ちに目立つ“白いポルシェ”である。前年の東京モーターショーでは、打倒ポルシェを至上命題にGTRの市販モデルを他ならぬゴーン氏自身が発表してもいたのだ。例えばJALの社長がANAのファーストクラスで移動していたら周囲はどう思うだろうか。いくら競合研究だと言っても周囲の違和感を考えればなかなかできない行動ではある。

日産にとってエトランジェ(流れ者)に成り下がったゴーン氏を象徴する、2台の非日産車

裁判上の決着は別として、今ゴーン氏が落ちてしまった奈落は、周囲の人間から信頼を失ったことが招いた氏の自業自得と言わざるをえない部分もある。振り返れば、この頃すでにゴーン氏の中には“侮り”の気分、周囲に対する配慮のなさや尊大さの気配が芽生えていたのかもしれない。

15年前のポルシェと3月6日保釈時スズキの軽自動車。どちらもゴーン氏の人生で期せずしてメディアに取り上げられた場面での自動車が”日産車”でないことは、結局は日産にとってエトランジェ(流れ者)と成り下がってしまったゴーン氏の”裸の王様”ぶりを象徴してしまったようである。

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秋月 涼佑(あきづき りょうすけ)
大手広告代理店で外資系クライアント等を担当。現在、独立してブランドプロデューサーとして活動中。