行政手続きの100%オンライン化を目指す「デジタル手続法案」が自由民主党部会で了承された。これについて、テレビ東京が「法人を設立する際に必要な印鑑の届け出の義務化をなくす案が盛り込まれていましたが、印鑑業界の反発などを受けて見送られました」と報じたところ、ネットで批判が上がっている。
問題となっているのは印鑑業界が2018年2月に提出した要望書である。「欧米のサイン制度と異なり、代理決済(「代理決済」の誤字)できるという印章の特徴が、迅速な意思決定や決裁につながり」と他人が押印するのを是認する主張や、「印章業界が被る被害に対する売上補償」を要求している点が批判の的になっている。
地方議会も意見書を出している。静岡県議会がその一例で2018年3月の県議会で可決している。「印鑑登録制度をはじめとする我が国の印章制度における押印という行為は、手続上の必要性のほか、本人の意思の確認という効果があることから、押印を不要とすることによりその効果が失われることが危惧される」と主張。この「本人の意思の確認」は「代理決裁」とは矛盾する。
現実には人々はしばしば代理で押印する。だから、「本人の意思の確認」は建前に過ぎない。しかし「本人の意思の確認」にこだわった意見もある。日本弁護士連合会がそれ。
日弁連は「株式会社設立手続の一部をオンライン化することにより,設立手続をより迅速化することは基本的に賛成をする」が「完全なオンライン・ワンストップ化」は反対だそうだ。公証人法第62条の3第2項が規定するように「発起人又はその代理人が公証人の面前で定款2通につきその署名(記名捺印)を自認し,公証人がその旨を記載」するのが重要だからだという。これも面前での本人意思の確認を重視する主張である。
日本司法書士会連合会も2017年12月に意見書を出している。反対理由1は、商業登記を印鑑不要としても銀行が口座開設に印鑑を要求するからである。これはすぐに論破できる。口座開設に印鑑は必ずしも必要ではなく、すでに外国銀行ではサインで済むようになっている。商業登記を印鑑不要とするのに合わせて、国内銀行も方針を変更すればよいだけだ。
反対理由2は日弁連と共通する。日本司法書士会連合会は「公証人による定款認証制度を維持しないと、法令を遵守しない企業が多数設立されるようになる」と危惧している。
公証人法施行規則は2018年11月に一部改正され、法人の実質的支配者が暴力団構成員などでないことを公証人が確認するように強化された。日弁連や日本司法書士会連合会の主張に沿う方向での改正である。
会社設立時に公証人が細かく確認するのは事前規制だが代替手段も考え得る。暴力団が法人の実質的支配者とわかったら登記を取り消す、事後規制がそれだ。印鑑業界が是認するように他人が公証人の前に立つかもしれないし、公証人が間違える可能性もある。このように事前規制は万能ではないから、事後規制は検討に値する。
それにしても、印鑑業界の要望は他団体の主張からもずれている。