「日本国紀」は世紀の名著かトンデモ本か

百田尚樹氏の大ベストセラーを解説した『「日本国紀は世紀の名著かトンデモ本か』(パルス出版)が間もなく刊行される。

Amazon書影、BS朝日サイトより:編集部

アゴラでもこの本の詳しい書評を10回に分けて書いたし、呉座勇一氏や久野潤氏ともその内容について論争した。呉座氏のアゴラでの論評については、井沢元彦氏も加わって『週刊ポスト』誌上で論争が始まっている。

私はこうした論争はとても良いことだと思う。なにしろ、日本人は歴史を小説やドラマ、それから歴史本といっても百田氏のような小説家の書いたもので知りたがるのが現実だ。

かつて、『政治家の本棚』という早野透氏が書いた連続インタビュー集を読んだら、小泉純一郎元首相は、ほとんど歴史の本は読まず、もっぱら、司馬遼太郎作品に代表される通俗歴史読物で歴史を学び、そこで興味がわいたら、別の小説を読むことにしていると堂々と貧弱な読書生活を披露していたので驚いたことがある。

海外ではそんなことはありえない。まじめな歴史本や、回顧録、伝記といったものが何十万とか百万部と言った大ベストセラーになるので、引退した政治家などそれで一財産築けるくらいなのだが、日本では、数千部単位でしか売れない。そういう現実があるから、小説だとか作家が書いた歴史本といったものも馬鹿にできない。なにしろ、日本人の歴史観は歴史家が書いたものでなく、そういうもので形作られるからである。

そこで、私は、これまで大ベストセラーになって日本人の歴史観に多大な影響を与えた二冊の本について一種の解説本を書いたことがある。間違いを正さないと史実と違った認識が世の中を支配するからである。

『小説伝奇 上杉鷹山』と『坂本龍馬 私の履歴書』である。ただし、このふたつとも、もとの本が伝記物だったので、逆に、史実だけで組み立てて、日本経済新聞の『私の履歴書』シリーズをあの世から本人が寄稿したような形を取った。分からない部分は、「記憶がはっきりしない」とか「本当のことはまだしいたくない」とかいう形にして無理な推測はしないようにした。

そして、そこで、童門冬二『上杉鷹山』と司馬遼太郎『竜馬がいく』の史実と違うところをかなり細かく上杉鷹山や坂本龍馬が指摘するというスタイルにしてある。そうした作業を通じて、格好良く大胆で意気に感じてことを進める大政治家風の童門冬二による上杉鷹山でなく、緻密にありとあらゆる可能性を検討し、百点満点の答案をつくっていく完全無欠の経営者としての鷹山の素晴らしさと限界を描き出した。

坂本龍馬については、誰に似ているかといえば森喜朗というあまり大衆には喜ばれない調整型で大ざっぱな人物像を描いた。地方の金持ちで、勉強が嫌いで、東京に体育会枠で遊学し、政治家の秘書になって…とまさに経歴的にも一致するし、姿もよく似ている(私は森喜朗を政治家として高く評価している)。

今回の『日本国紀』については、小説でないから、少し状況が違うが、日本通史として有意義な点とこのあたりはあるべき視点と違うのでないかということが浮き彫りになるように書いた。細かい間違いとか、ウィペディアに似てるとか、そんなことはどうでもよい。扱ってないから正誤表ではない。

ただ、日本人が自国の歴史の流れを世界との関連も含め、捉えてくうえで、この本を読めばこういういいことがありますよとか、このあたりは別の考えがあるべしということが分かるようにした。おそらく標準的な日本史の知識をもったうえで『日本国紀』を読んだ人は、教科書などで垂れ流されている戦後史観による自虐的な歴史観から解放されて気持ちよくなるだろう。また、さすがに大作家の手になるものだけに、これまで通史など退屈で読んだことのない人が通読できるというだけでも大功績だ。

ただ、外国人に日本の歴史を説明する題材として向いているかと言われれば、少し困ったところが多いし、偏っているとか矛盾している寄せ集め感もある。

私がさすがに困ると思うのは、ひとつには、万世一系の否定など日本国家の成り立ちについて戦後史観のもっとも極端な人々に似た立場で伝統的な歴史観を否定していることであり、もうひとつは、半世紀で隠者の国から一気に世界主要国のひとつにのし上がった「明治時代」と、高度経済成長の成功によって世界第2位の経済大国を実現した「戦後」という日本史の黄金時代についてえらく後ろ向きの評価しかしていないことだ。

日本が好きになる歴史をといいながら、世界から絶賛を浴びる時代に冷や水をかけるのはいかなることなのか理解に苦しむ。そのあたり、この本の良いところも悪いところも公平に書いてあるので(量的には批判の方が多いが、それは誉めことばは長い必要がないからだ)、読んだ人も読まない人も、ご一読いただければ幸いだ。

ただし、友人の小さい出版社から出したので、書店にそれほど出回らないと思う。書店や通販で予約していただければ幸いだ。