渡部昇一氏は「全文リットン報告書」(ビジネス社)の解説で日本の「対華二十一ヵ条要求」に関しこう書いている。
1919年のパリ会議で、支那は、これらの条約は“日本国が開戦を迫る最後通牒の脅迫に基づいて”締結されたものだという理由によってその廃棄を要求した。
どこかで聞いたことのある科白だと思ったら、韓国が、1905年の第二次日韓協約やその5年後の日韓併合条約を強迫によって締結させられたとか国王による批准や署名がないなどとして、百年以上たった今日でも「不当な植民地支配」と憲法にまで書いて主張し続けている件だった。
調べると確かに日本は袁世凱政権に最後通牒を発した。が、要求は受け入れるが国民の手前があるので最後通牒を出してくれと頼まれて出したことが、今日では種々の裏付けによって明らかになっている。百年前から日本のお人好し振りは何も変わっていない(そういうとこ筆者は嫌いじゃない)。
で、韓国だ。仮に今の物差しを当てた時それが「不当な植民地支配」だったとしても、あの時代に列強が結んだ取極めの類はどれも大なり小なり力を背景にしたもので、それが当時の「国際法」であったのであり、今日でも軍事力を背景にしない外交が無力であることは昔と変わらない。
そのことを村井友秀教授は先日の産経新聞正論にこう書いていた。
外交とは“棍棒を持って静かに話す”ことであり、信頼感のない国家間の外交交渉の結果は戦争の結果に比例する。戦争に勝てない側が外交で勝つことはできない。
実に言い得て妙ではないか。
何の話かと言えば、3月20日に朝鮮日報が報じた「戦犯ステッカー」のことだ。この記事を見て対華二十一ヵ条要求の当時に起きた中国での「排外ボイコット」を思い出し、本棚から「全文リットン報告書」(以下、「報告書」)を取り出して拾い読みしたという訳だ。
朝鮮日報の記事はこうだ。
ソウル近郊の韓国・京畿道議会の議員らが道内の学校の備品のうち、日本の「戦犯企業」の製品に「日本戦犯企業が生産した製品」と書かれたステッカーの貼付を義務付ける条例案を提出したことについて、京畿道教育庁(教育委員会に相当)は20日、「受け入れ難い」とする意見書を道議会に提出した。
ものすごいことを考えるなあ、と半ば呆れ半ば感心した。正気の沙汰でないことは言を俟たない。何故か、などと書く必要もないので、ここでは中国の「排外ボイコット」の背景や経過などを「報告書」に沿ってお復習し、今後の「戦犯ステッカー」騒動の動向を興味津々と見守ることとしたい。
満洲事変の起きた1931年当時の日本の状況を「報告書」は、①人口過剰(1872年:33百万人➡1930年:65百万人)、②農業の困難(可耕地1平方マイル人口➡日本:2774人、伊:819人、独:806人、仏:467人)、③工業化の必要、④日本の輸出貿易市場としての支那、の4項目で説明している。
当時の日本の対中輸出比率は、水産物:32.8%、製糖(きっと台湾製):84.6%、石炭:75.1%、綿織物:31.9%で、平均51.6%と過半を占めた。他方、対中輸入比率は、大豆・エンドウ豆:24.5%、油糟:53%、植物性繊維:25%で、平均34.5%だった。いかに相互の経済依存度、とりわけ日本の対中依存度が高かったかが判る。
「報告書」はその辺りをこう書いている。(太字は筆者)
1895年の日清戦争以来、両国の間に起こった多くの政治的紛争が相互の経済的関係に影響を及ぼしたことは明らかだが、そうした紛争にも関わらず、両国の貿易が絶えず増加した事実は、両国間には、政治的な敵愾心でも断つことのできない基本的な経済連鎖があることを示している。
そこでこの「排外ボイコット」、「数世紀にわたって支那人は、商人、銀行家の団体や同業組合においてボイコットを常用して来た」らしい。この歴史ある取り組みが「現代のボイコット運動において近年の熾烈なナショナリズムと結合した。国民党はそのナショナリズムの組織的な表現であった」という。
「報告書」は「これらのボイコットを細かく研究すれば、概して政治的性質を持ち、支那の重大利益に反して行われたり、国家的体面を毀損したりする一定の事実、事故または原因を探すことができる」とも書いている。
前節の「国民党」を「ともに民主党」に、この「支那」を「韓国」に置き換えると現代の日韓関係の様相に余りにピタリと当て嵌る。さらに示唆に富むのは後段に言う、ボイコットする側の「重大利益に反し」たり、「国家的体面を毀損したりする一定の事実」があることだ。
報告書は次のようにこの「排外ボイコット」問題を結んでいる。
個々の支那人が日本の製品を買うことや、日本の銀行や船舶を利用すること、日本人の使用者のために働くこと、日本人に物品を売ること、あるいは日本人と交際するのを拒絶する権利があることは誰も否定することができない。・・・しかしある特定の国家の商業に対してボイコットを組織的に行うことが友好的関係と両立するかどうか、また条約上の義務と合致するかどうかは、我々委員会の調査テーマと言うより国際法上の問題である。
今まさにいわゆる徴用工判決を受けて、その原告団が被告である日本民間企業の在韓資産を差し押さえ、さらにその換金へと事態は進もうとしているその矢先の「戦犯ステッカー」。支那の「排外ボイコット」では依存度の高い日本により影響が大きかった。が、現在の日韓を考えればそれこそ自爆行為だろう。
「報告書」が「紛争にも関わらず、両国の貿易が絶えず増加した事実は、両国間には、政治的な敵愾心でも断つことのできない基本的な経済連鎖があることを示している」と書くように、韓国が普通の政権であるなら、歴史的・政治的背景がどうであろうと国と国の関係を全てぶち壊し、自国を破滅に向かわせるようなマネはしまい。
革命政権と言われる文大統領とその取り巻きにとっての韓国国民は、より崇高な目的(それが南北の統一なのか半島の赤化なのか知らないが)のための人身御供であるとでも考えない限り、これら諸問題に対する文政権の不作為あるいは放置をとてもじゃないが理解することは出来ない。
17日の朝鮮日報はコラムで「四面楚歌の文在寅大統領」と報じ、古森義久氏は20日のJB Press「朝鮮融和策で国際的に孤立していく韓国」と題するコラムで国連と米国の文大統領への非難振りを書いている。が、それでも21日の韓国世論調査は文大統領の支持率が不支持率を1.4ポイント上回ったという。
自業自得とはいえ事ここに至ると、むしろ筆者は韓国国民を気の毒に思う。何とか正気になって欲しいものだ。
高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。