2016年にロンドンから家族と共に韓国に亡命した太永浩元駐英北朝鮮公使は24日、自身のブログで、「スペインのマドリードの北朝鮮大使館に先月22日、何者かが侵入し、暗号化された電文解読に使用するパソコンを盗んだ可能性がある」と指摘した。この情報が報じられると、欧州に住む脱北者は、「北朝鮮にとって命よりも大切な暗号化されたコンピューターの件を暴露し、その窃盗の可能性を示唆した太永浩氏の身の安全が危なくなる」と指摘、同氏周辺の警備を一層強化すべきだと強調した。
太永浩氏の説明によると、「北朝鮮独自の暗号技術で、数学式につくられている西洋式の暗号とは完全に異なる『抗日パルチザン式』という。これは中国共産党が抗日闘争の際に考案したもので、特定の小説のページ・段落を使って暗号文を解読する方式だ」(朝鮮日報日本語版3月25日)という。この暗号化された通信を解読するPCが米国に渡ったとすれば、北朝鮮にとって一大事というわけだ
先の脱北者によると、「この報道が事実とすれば、北朝鮮はこれまでの通信システムを全て破棄しなければならなくなる。新しい通信システムを構築するために時間と巨額の資金が必要になるだろう」と見ている。そしてその事実を暴露した太永浩氏に対して、「北朝鮮は必ず報復するだろう」と指摘した。
故金正日総書記の元妻・成恵琳の実姉の息子、李韓永氏が1982年に韓国に亡命し、北朝鮮の金ファミリーの内密を初めて暴露した本(『金正日に暗殺された私』)を出版し、大きな話題を呼んだことがある。同氏は1997年2月、北朝鮮が送った2人の特殊工作員に殺された。北朝鮮は当時、「絶対に公表してはならない金ファミリーの内密を暴露したものは許されない」と表明していた。今回の暗号化されたPCの件を暴露し、北朝鮮の混乱を明らかにした太永浩氏は李韓永氏と同じ立場であり、北側に多大の衝撃を与えた国賊と受け取られ、同氏の暗殺の危険性が高まってきたというわけだ。
マドリードの北朝鮮大使館襲撃事件は「自由朝鮮」と名乗る反体制派グループが米国情報機関と連携して計画した可能性が高まっている。その指導者、メンバーの数については不明だが、2017年2月にマレーシアのクアラルンプール国際空港内で劇薬の神経剤で暗殺された金正男氏の長男、金ハンソル氏の名前が出ている(「『朝鮮半島のハムレット』の幕開け?」2019年3月20日参考)。
金ハンソル氏は現在、米国に亡命中で脱北者の間で象徴的なリーダーと受け取られている。なぜならば「金ハンソル氏は金正恩朝鮮労働党委員長の父親でもある故金正日総書記の最初の孫だ。朝鮮では長男や最初の孫は特別の意味と重みがある。金ハンソル氏は現在23歳であり、父親が暗殺された直後、北朝鮮の解放、民主化を要求するなど、若いが象徴的指導者となれる資格を有している」というのだ。
その金ハンソル氏の周辺にはアメリカに亡命した金正男氏の親族関係者がいる。そのうえ、韓国を含め世界には数万人の脱北者がいる。彼らが金ハンソル氏を象徴的指導者として結束し、金正恩朝鮮労働党委員長の独裁政権打倒に向かおうとしているという。
北朝鮮外交官が命を懸けても守らなければならない暗号化した通信を解読できるPCを奪われ、その奪った者が反体制派グループ「自由朝鮮」関係者、そしてその象徴的な指導者が金正恩氏が殺させた異母兄である金正男氏の長男・金ハンソル氏であり、米国が彼らを資金面で背後から支援しているというのだ。金正恩氏が自身の政権に対抗する勢力の台頭に直面し、初めて不安と恐怖を感じたとしても不思議ではない。
いずれにしても、海外の脱北者の「打倒・金正恩政権」への勢いを削がないためにも、韓国側は太永浩氏の身辺警備をこれまで以上に強化しなければならない。金正恩氏は脱北者への見せつけのため脱北者の家族関係者への処罰や国内の締め付けを強める一方、脱北後、北情報を次々に暴露する太永浩氏の暗殺に乗り出すことが予想されるからだ。
先の脱北者は、「太永浩氏は命がけで北の独裁政権打倒に立ち向かっている。文在寅政権はあらゆる手段を駆使して太永浩氏の安全を守るべきだ」と語ったが、脱北者には南北融和路線に邁進する文在寅大統領には不安がある。それだけに、文大統領は韓国の大統領として国民の信頼を取り戻し、脱北者の不安と懸念を払拭するためにも太永浩氏の安全確保のために最善を尽くすべきだ。
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「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年3月27日の記事に一部加筆。