北朝鮮と韓国、UNIDO経由で対北制裁突破?

北朝鮮はウィーンに本部を置く国連工業開発機関(UNIDO)へ出向職員を派遣し、UNIDOを通じて対北制裁の抜け道を模索している。同時に、韓国側は対北経済支援を実現させるために様々な外交支援を行っている。

UNIDO本部があるウィ―ンの国連機関の正面入口(2013年4月撮影)

国連の専門機関を通じて対北支援を実施するというのはあくまでもプランBだ。ハノイで開催された第2回米朝首脳会談が北側の願い通りに展開し、対北制裁の段階的解除が実現していたならばプランBは必要でなかった。対北制裁の段階的解除をプランAとすれば、国連の専門機関経由で対北制裁の解除を進めていくというのはあくまでもプランBだ。

金正恩朝鮮労働党委員長は、ハノイの米朝首脳会談で期待通りの成果が上げられなかった後、寧辺にあるウラン濃縮施設の操業を継続する一方、同国北西部・東倉里にあるミサイル発射場の復旧作業を完了させている。米国から対北制裁の解除を得ることが難しくなったと判断し、北側はミサイル発射と核実験のカードを再びちらつかせ、米国への圧力を強める一方、プランBを実行に移してきたわけだ。

それでは、なぜ北側はUNIDO経由で対北制裁の抜け道を模索し始めたかだ。その理由は2点考えられる。
①UNIDO事務局長が中国人の李勇氏(中国元財務次官)であること。北側の無理な要求も受理される可能性が高い。
②米国は1996年、UNIDOの腐敗体質を批判し、脱退したので、米国の妨害を恐れることが少ないことだ。
特に、②は北側にとって魅力だ。

UNIDOの過去の対北支援を少し振り返る。UNIDOは1986年以来、70件以上の対北プロジェクトを実施、その総支援額は約3000万ドルにもなる。特に、金正日政権が全力を投入して実施した羅津・先鉾経済貿易地帯をUNIDOは支援してきた。北は当時、金永南最高人民会議常任委員会委員長(党序列第2位)の息子、金東浩氏をウィーンのUNIDO事務所に派遣し、UNIDOプロジェクトの推進に積極的に乗り出した。

金東浩氏の後任には、故金正男氏の遠縁関係にあたる尹ソンリム氏が対北プロジェクトを担当したが、尹ソンリム氏がUNIDOから突然ジュネーブに移動して以来、UNIDOには北のスタッフがいない。対北プロジェクトもモントリオール・プロジェクト(MP)が完了した現在、皆無だ。そこで平壌はUNIDOにスタッフを派遣し、新たに対北支援プロジェクトを実施させたいと考えているわけだ。

ちなみに、北はUNIDOのMP(開始2003年、完了08年)を通じて科学兵器製造に転用できる機材を入手している。国連側は、国連の専門機関が対北安保理決議(1718)を破ったとすれば、国連全体のイメージ悪化に繋がるとして、もみ消しに腐心した経緯がある(「北の化学兵器製造を助けた『国連』」2017年2月25日参考)。

韓国大統領府Facebookより:編集部

北朝鮮は孤独な闘いをしているのではない。韓国がUNIDOに対北プロジェクトの再開を打診するなど、助け舟を出しているのだ。“金正恩氏の報道官”だと韓国野党からも揶揄された文在寅大統領はハノイの米朝首脳会談がうまくいけば、金剛山観光事業、経済特別区の「開城工業団地計画」を再開し、対北経済支援を本格的に実施できると期待したが、それも水泡に帰してしまったばかりか、トランプ米政権からは対北制裁破りは絶対容認できないとお灸を据えられている有様だ。

南北融和路線を推進する文大統領にとって、金正恩氏の文大統領への信頼が揺れだしたことが大きなダメージだ。開城の南北共同事務所から北朝鮮職員が今月22日、撤収したというニュースは文大統領には大ショックだったはずだ。幸い、北の職員が事務所に戻ってきたというニュースが入り、ホッとしただろう。

文大統領は来月11日、訪米し、トランプ大統領と首脳会談を行う。ハノイの米朝首脳会談後の朝鮮半島の対応について話し合われる予定だ。文大統領としては、南北間の経済支援について米国から一定の了解を得たいところだが、完全な非核化の実施を前面に出してきたトランプ大統領だけに、韓国側の願いに応じる可能性は少ない。そこで文大統領は国連安保理の対北制裁下、人道、食糧支援などを国連の専門機関を通じて実施させる道を模索してきたというのだ。

参考までに、ローマに本部を置く国連食糧農業機関(FAO)の次期事務局長選が6月に実施されるが、有力候補者の1人として中国人の屈冬玉農業次官が挙げられている。同次官(56)が当選すれば、北側は大喜びだろう。UNIDOとFAOの2つの国連の専門機関で中国人事務局長が就任すれば、対北経済、食糧支援はこれまで以上に容易となることが予想されるからだ。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年3月31日の記事に一部加筆。