当コラムの読者から「記事で極右政党という場合、どのような定義、理由に基づくのか」と問われたことがある。当方はオーストリアのクルツ連立政権に参加する「自由党」を極右政党と呼んできたし、ここ当分はそれを訂正しないだろう。
野党党首から連立政権入りしたシュトラーヒェ党首(副首相)の言動をみれば、ネオナチ主義者とはいえないし、その振る舞いは以前とは違って“極右政党の指導者”といった風格もない。ただし、同党首を含む自由党幹部たちの出自を思い出す時、やはり自由党内部には多くの民族主義者、ネオナチストが潜伏している事実を看過できないのだ。以下、最近の出来事を通じてそれを説明していきたい。
①ニュージランド(NZ)のクライストチャーチで先月15日、白人主義者で民族主義者、反イスラム教のブレントン・タラント容疑者が2カ所のイスラム寺院で銃乱射し、50人が殺害され、同数の負傷者が出た。事件の犯人は昨年、オーストリアの極右グループ「イデンティテーレ運動」(本部グラーツ、会員数約300人)に寄付金を送っていた。自由党のシュトラーヒェ党首やキッケル内相が同運動の指導者マーチン・セルナー氏と過去、会合したことが判明している。シュトラーヒェ党首、キッケル内相、そしてセルナー氏もタラントの銃乱射事件を批判し、タラントと個人的には全く面識がないと強調している。
②オーストリアのニーダーエスターライヒ州の自由党党首ウド・ランドバウアー氏は旧国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)を信望する青年同盟隊(Burschenschaft)のゲルマニア支部副会長だが、その支部事務所に、ユダヤ民族の虐殺を呼び掛け、ナチス・ドイツの神性化、ホロコーストを否定するナチ賛美の歌集が見つかった。同国のイスラエル文化協会のオスカー・ドイチェ会長は「歌詞は明らかに反ユダヤ主義だ」と批判し、同党首の辞任を要求した(「極右党と『ナチス賛美の歌集』問題」2018年1月27日参考)。
③欧州で2015年、中東・北アフリカから多数のイスラム系難民・移民が殺到。それを受け、反イスラム教、反難民・移民運動が活発化し、欧州の政界は右傾化していった。欧州では選挙の度に反イスラム教、移民政策を標榜する極右政党が躍進(例・独の「ドイツのための選択肢」AfD)。その欧州の極右政党のパイオニア的存在がオーストリア極右政党「自由党」の党首だった故イェルク・ハイダーだ。現自由党はハイダーの伝統を相続した政党だ(「欧州極右指導者ハイダー死後10年」2018年10月12日参考)。
オーストリアで2017年末、中道右派の「国民党」と極右政党「自由党」の連立政権が発足したが、その際、欧州連合(EU)の本部ブリュッセルばかりか、各国から極右政党の参加したクルツ連立政権に対して批判的だった。クルツ首相は政権発足後、ブリュッセルを訪問し、オーストリアの連立政権が親EU路線を支持していると通達し、欧州加盟国の懸念の払しょくに腐心した。
クルツ政権は昨年下半期、EU議長国の役割を無難にこなし、欧州でもオーストリア政府に対する批判や懸念の声はなくなりつつあった。その矢先、NZの銃乱射事件とオーストリア極右グループ、自由党との関係がメディアで大きく報道されたわけだ。
クルツ首相(国民党)はNZ銃乱射事件を厳しく批判する一方、容疑者から寄付を受けた極右グループの解体を要求し、事件の早急な収拾に乗り出してきた。野党からは自由党のキッケル内相の辞任要求の声が出てきた。
キッケル内相は自由党の思想的ブレインだ。同内相は野党時代、「アイデンティテーレ運動」の指導者と会っている。キッケル内相は「NZの銃乱射事件の犯人との関係が実証されない限り、同運動の解体には反対」の姿勢を崩していない。ちなみに、ランドバウアー氏の問題でもキッケル内相は同氏の起訴には反対を主張。野党からは「内相はオーストリアの安全問題のネック」として辞任要求の声が出ている。
なお、クルツ首相は1日、同国連邦憲法擁護・テロ対策局(BVT)や連邦軍情報局の国家安全問題に関する情報は将来、内相だけではなく、首相、副首相にも報告する義務を課す意向を明らかにした。連立パートナーの自由党に対しては「極右グループに対する曖昧な関係はもはや甘受されない」と強調した。
それに対し、自由党党首のシュトラーヒェ副首相は2日、「首相のいう極右グループとの曖昧な関係とは何を意味するのか分からない。わが党は『イデンティテーレ運動』とは明確な距離を置いている」と反発、同運動の早急な解体にも慎重な姿勢を示す一方、「野党はNZ銃乱射テロ事件をクルツ政権打倒の政治ツールに利用している」と反論している。
参考までに、クルツ連立政権では内相と国防相を自由党が握っていることもあって、英国や他のEUの情報機関は「オーストリアとは情報の共有はできない」という声が聞かれる。
NZ銃乱射事件と国内の極右グループの問題でクルツ連立政権は発足後初めて不協和音が表面化してきた。オーストラリア出身のNZ銃乱射事件の犯人は欧州のアルプスの小国オーストリアの政情を揺り動かしているのだ。
■
「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年4月4日の記事に一部加筆。