「令和」新元号は日本人セルフブランディングの真骨頂

秋月 涼佑

新元号「令和」が発表され、概ね好評に受け止められているようだ。ちょっと他人事のように考えていた私だが、いざ発表されると、なるほど世間の関心の高さに驚かされた。そして何より、新元号は日本人による日本人のためのセルフブランディングなのかもしれないと思いが至り、日頃ブランディングの仕事に関わるものとしてちょっと嬉しくなった。

内閣広報室撮影:編集部

ブランディングには「一貫性Consistency」と「独自性Identity」が大事

ブランディングという言葉は、広く知られるようになった割に定義が難しい。実務者として教科書的な説明はしっくりこないが、「名前やシンボルマークなど他者との接点を通じて、ブランド(マーケティング実務で言えば企業や商品)の価値を定義し知らしめる活動」とまずはさせていただこう。

ブランディングにおいて大事な要素は「一貫性Consistency」と「独自性Identity」の両方なのだが、これを念頭におくと改めてこの元号というシステムが、ものの見事にこの二大重要事項を具現化したシステムであることに気付かされる。

元号という、鮮度を保ったまま「一貫性」を担保する最高のシステム

「一貫性」はブランディングの生命線だ。ルイ・ヴィトンにはルイ・ヴィトンが、100円ショップのキャンドゥにはキャンドゥの、一貫して提供する価値があるからブランドとして成立する。ブランディングは、何も高級品の専売特許ではない。

ブランディングを企業の経済活動として考えると、一貫性をもったコミュニケーションがとても重要だ。かなり極端な例で説明すれば、ルイ・ヴィトンで100円ショップの商品を扱っても、100円ショップでルイ・ヴィトンを扱っても両方とも其々の顧客の期待を裏切ってしまう。それゆえ、我々がブランディングについてクライアントにコンサルティングする際には、それこそ口が酸っぱくなるほど、一貫性への執着をアドバイスする。

一方で矛盾するようだがブランドを常にフレッシュな存在にするため、新鮮な価値を提供することもまた同時に重要である。つまり一貫性を逸脱しない中で、鮮度を保っていけるブランディングこそが最上と言えるのである。

この視点で元号を見るとその素晴しさに驚かされる。まず漢字二文字(過去わずかに例外があったようだが)という簡潔にして明快な表現で一貫性をシステムとして保証している。しかも、改元という制度があることで、鮮度をも常に保てるのである。

元号を一種のネーミングのようなものと捉えた場合、こんな優れた方法が他なかなか存在しないことに気付く。例えば、iPhoneやiPadのアップルのi(サフィックスと専門的には呼ぶ)は一貫性のシステムとして良く知られている。しかし、鮮度を保つ上で、iを使った実際に使えるネーミングが無尽蔵ではなく、マンネリに苦しみつつあるかもしれない。最優秀事例にしてこの現実を考えると、元号の長い時間で磨かれた凄さが際立って感じられるのである。

元号は、「独自性(Identity)」を表現するシステムでもある

そしてブランディングのもうひとつの側面は、そのブランドがどのような「独自性、アイデンティティ」を表現するかである。

元号について、この連綿と採用され続けるこの仕組み自体がもはや「日本」の歴史、アイデンティティを表していると言える。(もちろん元号が中国古代王朝に起源を持つものであることは周知だが、この点外国の良いものを日本化することに長けた”日本人らしさ”の好事例と考えれば良いように思う。)

そして、改元によってそれぞれ「時代」のアイデンティティをも表現する。つまり「日本」「時代」という二重のアイデンティティ構造になっていることがまたすごいのである。

けだし、伊勢神宮の式年遷宮のように建物の新しさと、アイデンティティ(お宮として不変のもの)の両義性を違和感なく受け止める日本人の感性に合っていたこともまた、結局日本だけで元号が使い続けられた理由のひとつではないだろうか。

元号は、日本人による日本人のためのセルフブランディングだ

そして今回、何より刮目したのが、日本国中が自分事として元号フィーバーに沸いたことであった。職業病ではあるが、元号をブランディングとしてとらえた場合、ターゲットは誰だろうとつい考えてしまう。

海外メディアでは元号の翻訳などもされていたようだが、外国に対して翻訳で新元号の真価が伝わるとはとても思えない。となると、理屈で言えば、為政者から日本国民に対するブランディングとシニカルに説明すべきかもしれない。しかし実際に街の人たちの表情を見ると、みんな元号を自分事として楽しんでいるのだ。そうこの様子を見るにつけ、これは日本人による日本人のためのセルフブランディング、言わば自己プロデュース活動と言って差し支えないのではないかと思うに至った。

便宜上、官房長官や首相が仕切っているが、彼らとて適切な手段で選ばれた日本人の代表だ。むしろ、国民の熱い思いを託されていることに対する重みをヒシヒシと感じさせる緊張感(この辺に現政権人気の機微を感じる)が伝わってきた。

とにもかくにも、まずは新しい元号「令和」の誕生を喜びたい。そして、「元号」というこんなすごい文明の仕組みを歴史から引き継ぐ日本の豊かさ、何よりそれを多くの国民同士で自分事として語り合える幸せに感謝したいと思う。

秋月 涼佑(あきづき りょうすけ)
大手広告代理店で外資系クライアント等を担当。現在、独立してブランドプロデューサーとして活動中。