手話かぶりのNHKが教えること

官房長官が掲げた新元号「令和」に手話通訳が被ったと、NHK中継が話題になった。

首相官邸サイトにある「官房長官記者会見」の動画を見ればわかるように、会見には常に手話通訳が配置されている。官房長官に重ねて手話通訳をワイプで入れたのはNHKのチョンボである。

NHKニュースより:編集部

それでは、なぜ手話通訳は配置されているのだろうか。会見に出席している記者の中に聴覚障害者がいる可能性は低い。むしろ、国民の中にいる聴覚障害者のために手話通訳を提供する、障害者差別解消法に基づく合理的な配慮と捉えられる。

それでは、なぜ会見を伝えるテレビ中継は官房長官をアップで映して、手話通訳を画面から外すのだろうか。せっかくの合理的配慮をメディアがないがしろにするのは、メディアに合理的配慮への理解がないからだ。手話通訳をワイプで入れたNHKはむしろ立派である。

それでは、手話通訳があれば聴覚障害者に情報は伝わるのだろうか。厚生労働省の古い調査『平成18年身体障害児・者実態調査結果』によれば、コミュニケーション手段として手話・手話通訳を利用している割合は18.9%に過ぎない。これに対して、69.2%は補聴器や人工内耳等の補聴機器を装用している。視覚障害者でも同様で、「点字ができる」と答えた者は12.7%である。なお、『平成28年生活のしづらさなどに関する調査』によると、日常的な情報入手手段として点字を利用している視覚障害者は8.2%しかおらず、この調査には手話利用率のデータはない。

それでは、なぜ聴覚障害者には手話、視覚障害者には点字という情報伝達手段があまり使われていないのだろう。それは、人生の中途で失聴したり失明したりする人が多いからである。40歳を過ぎてポルトガル語を学習しようと試みても困難なように、中年になってから手話や点字を覚えるのはむずかしい。視覚障害者の53.4%、聴覚障害者の37.5%は家族・友人・介助者が日常的な情報入手手段だという『平成28年生活のしづらさなどに関する調査』結果も、このためである。

式典で要約筆記を使う筑波大学

「それでは」を重ねてNHKのチョンボに関連して調べてきた。その結論は、手話だけでなく要約筆記・文字放送、点字だけでなく音声合成など多様な方法で情報を伝達する必要があるのが障害者の実態だということだ。

今回を教訓としてNHKをはじめとするメディアには多様な方法による情報伝達という、障害者差別解消法が定める合理的配慮を期待する。