日産前会長・株主総会追放劇:取締役解任に「正当理由」はあるか?

4月8日に開催された日産の臨時株主総会で、日産の前会長さんの取締役解任議案が賛成多数で可決されました。会社と取締役の関係は民法上の委任契約に従うことになっていますので、株主総会はいつでも、どんな理由でも取締役を解任することができます。

臨時株主総会で発言する西川社長(日産YouTube)と解任されたゴーン前会長(日産サイトより):編集部

ただ、その解任に正当な理由がない場合には(法定責任として)会社は解任された取締役に対して損害賠償責任があります(会社法399条2項)。一般的に損害として裁判で認められるのは「任期満了の時期までの役員報酬相当額」ですが、もし前会長さんが会社との間で未確定(後払い)報酬も合意しているとなりますと、その分についても損害賠償の範囲に含まれます(かなりの高額になりそうですよね…)。

昨日の臨時株主総会では20人ほどの株主さんから質問が出たそうですが「解任した後、ゴーン氏には報酬を支払うのか?」といった質問は出なかったのでしょうか?

おそらく日産側が用意していた想定問答では
「ゴーン氏の解任には『正当理由』が認められるので、残りの報酬分を支払う予定はありません」
「むしろ会社としてはゴーン氏に対して損害賠償請求の訴えを提起する予定です」
と回答することになっていたのではないでしょうか。一部報道では、現CEOの方が前会長さんへの損害賠償請求の予定について回答したようにも報じられています。

ちなみに、上場会社ではありませんが、菓子製造、ホテル経営等の事業を営む名門企業の取締役が解任された事例が記憶に新しいところです。当該名門企業の取締役を解任された創業家の方が「私への解任には正当理由がない」として損害賠償請求を求めた裁判では、裁判所が「取締役としての適格性に疑念を抱かせる行為」をいくつか認定して「合わせ技一本」で解任の正当理由を認めています(東京地裁判決 平成30年3月29日、金融・商事判例1547号42頁。ただし控訴審係属中)。

ご承知のとおり日産の前会長さんは、会社法違反、金商法違反の刑事訴追に対して否認を続けていますし、私自身、いまでも刑事立件のハードルは高いと思っていますが、この名門企業の裁判例からしますと「取締役としての適格性に疑問を抱かせる程度の行動」はいくつか認定されるものと思いますので、やはり(損害賠償義務が否定されるための)解任の「正当理由」は認められるものと考えます。

ところで、株主総会の議長でもある現CEOの方は「会社からゴーン氏に対して損害賠償を請求する予定」と回答されたとなりますと、もし本当に損害賠償を請求するのであれば前会長さん側から(予備的に)過失相殺の抗弁が出されますよね。これって日産の歴代の役員の方々にとって脅威ではないでしょうか。

一般の株主代表訴訟であれば、原告株主は社外者ですから善管注意義務違反や過失の立証には高いハードルがありますが、前会長さんは社内の人ですから、他の取締役らの過失を裏付ける様々な証拠を握っているはずです。敵対的とはいえ、証言の信用性も高いものがあります。もし過失相殺の抗弁が、具体的な事実によって認められることになれば、今度は一般の株主による代表訴訟にも大きな影響が及ぶことになります。

しかし、そのことを怖がって提訴を躊躇していたのでは、今度は不提訴という不作為の違法性を株主から指摘されて代表訴訟が提起される可能性も高いわけで、いずれにしても日産の役員の皆様は難しい立場に立たされることになるかもしれません。

4月9日には、前会長さんの逮捕直前に収録したとされる動画が公開されるそうですが、そこでどのようなことが語られるのでしょうか。ここまでは検察と会社が一枚岩のような印象がありますが、今後は検察と会社、そして会社役員との間で「利益相反」の状況を(合法的に)作出する戦略に出るのではないでしょうか。

山口 利昭 山口利昭法律事務所代表弁護士
大阪大学法学部卒業。大阪弁護士会所属(1990年登録  42期)。IPO支援、内部統制システム構築支援、企業会計関連、コンプライアンス体制整備、不正検査業務、独立第三者委員会委員、社外取締役、社外監査役、内部通報制度における外部窓口業務など数々の企業法務を手がける。ニッセンホールディングス、大東建託株式会社、大阪大学ベンチャーキャピタル株式会社の社外監査役を歴任。大阪メトロ(大阪市高速電気軌道株式会社)社外監査役(2018年4月~)。事務所HP


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2019年4月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。