そろそろ1万円札はいらないのではないか

有地 浩

お札が2024年から新しくなると、麻生財務大臣が9日発表した。私は、かねてより財務省OBの人達に、平成が終わって改元になるし、この機会にそろそろ改札(お札が新しくなること)があるかもしれないと言っていたが、皆一様に「まだまだ早い」と答えていた。

新1万円札のデザイン案:財務省サイト

しかし自慢ではないが、私の予想は的中した。私はインサイダーと疑われるのもいやなので売買は控えているが、そうでなければ改札で恩恵を受ける会社の株を買うところだった。紙幣整理機などで日本のシェアの過半を抑えているグローリーの株価は、9日は一時ストップ高となり、前日比8%近くの上昇で一日の取引を終えている。

麻生大臣は、改札で景気刺激を考えているわけではないと言ったが、POSレジや自動販売機それにATMなども改修が必要となる。こうした機材を使用している企業にとっては思わぬ出費となるが、日本経済全体として見ればその分だけ需要が増えるし、新札を早く手に入れて使ってみたい人もいるだろう。また、旧札で密かに保有しているアングラマネーを、お札のデザインが変わって怪しまれないうちに表に出そうという動きもあるだろうから、景気浮揚効果がないわけがない。

また麻生大臣は、今回の改札は改元と合わせたわけではなく、たまたま重なっただけと言い、さらに、改札は偽造抵抗力の強化のために約20年ごとにやっていることだとして、あたかも今回の改札が改元とは関係のないいわばローテーション通りのことという説明をした。

しかし、現在流通している紙幣は、特殊な素材や透かしだけでなく、それほど高度ではないにせよホログラムや超細密画像、特殊発行インク、マイクロ文字などさまざまな偽造防止手段を講じてあり、まだまだ偽造紙幣が大量に出まわるような状況にはないので、偽造抵抗力強化というのは改札をするための付け足しの理由ではないだろうか。

ただ誤解のないよう申し上げれば、私は今改札をするなとは言うつもりはない。改元を機に改札をして人心を一新し、新たな未来を拓くのを支援することは意味があると思う。だから、正面から改元を機に改札すると言った方が良かったのではないかと思うのだ。

一方、政府は今、2025年までにキャッシュレス化比率を40%程度まで引き上げる政策をとっているが、そうした中で改札をして紙幣の発行を続けることとの政策の整合性をはっきりさせる必要がある。とりわけキャッシュレスが進む世界の多くの国では、現金は、脱税、マネーロンダリング、テロ資金に使われるものとして、ネガティブな受け止め方をされているので、世界の納得する説明ができなければならない。

インドでは――大変拙速に行ったため、世間の評価は芳しくないものの――アングラマネーをあぶりだし、脱税を防止するために高額のルピー紙幣を突然廃止した。ヨーロッパでもECB(欧州中央銀行)は、犯罪に利用されやすい高額紙幣である500ユーロ札の新規発行を大部分の国で今年1月27日から止めた。ただし、現金選好の強いドイツとオーストリアだけは少し遅れて4月26日から停止する予定となっているが、これについては世界から両国に冷ややかな目が向けられていることを日本の為政者も知っておくべきだ。

こうしたことから言えば、渋沢栄一の肖像が1万円札に採用されて喜んでいる埼玉県深谷市民には悪いが、日本もこれを機に1万円札の発行を止めてはどうか。そうすればキャッシュレス化がさらに促進されるほか、脱税資金を隠すことや、マネーロンダリングやテロ資金の移動も防ぎやすくなろう。

もっともドイツと並んで現金選好の強い国民に対して、こうした政策を貫徹できる腹の据わった政治家がいるかどうかが問題だ。

有地 浩(ありち ひろし)株式会社日本決済情報センター顧問、人間経済科学研究所 代表パートナー(財務省OB)
岡山県倉敷市出身。東京大学法学部を経て1975年大蔵省(現、財務省)入省。その後、官費留学生としてフランス国立行政学院(ENA)留学。財務省大臣官房審議官、世界銀行グループの国際金融公社東京駐在特別代表などを歴任し、2008年退官。 輸出入・港湾関連情報処理センター株式会社専務取締役、株式会社日本決済情報センター代表取締役社長を経て、2018年6月より同社顧問。著書に「フランス人の流儀」(大修館)(共著)。人間経済科学研究所サイト