令和を前に暗雲立ち込める東アジア(下)尖閣危機のシナリオ

鈴木 衛士

中国側の対応

前編では、台湾海峡で活発化する米国の中国への示威行動を振り返り、軍事面、経済面で拡大著しい中国の封じ込めに向けた動きを分析した。しかし、一方の中国も、当然ながら米国のこのような活動を座視するはずがない。

大隅海峡を航行中のジャンカイⅡ級フリゲート532(防衛省リリースより:編集部)

自衛隊統合幕僚監部の発表によると、3月28日に東海艦隊のフリゲート艦「ジャンカイⅡ(FFG-530:4050トン)」及び同「ジャンカイⅡ(FFG-532:4050)」2隻が補給艦「フチ級(AOR-890:23000トン)」を随伴し、大隅海峡を東進して太平洋へ進出した。この2日後の3月30日には、中国海軍の爆撃機(H-6)4機が戦闘機2機を随伴して、沖縄・宮古間の海峡上空を太平洋方面へ進出した。航空自衛隊のスクランブル機が撮影した写真によると、これら爆撃機には対艦ミサイル(ASM)と思しきものがそれぞれ翼下に搭載されていたことから、3月28日(前述)に太平洋に進出した艦艇に対する対艦攻撃訓練を実施したものと考えられる。つまり、これは米艦艇への攻撃を模擬(示威)した訓練であったということである。

また、同じ時期に台湾海峡でも中国軍の動きがあった。

台湾国防部の発表によると、3月31日、中国の戦闘機(J-11)2機が中台間の事実上の停戦ラインである中間線を越えて台湾側に約10分間にわたり侵入した。この時間の長さを考慮すると、明らかに意図的な挑発行為であることが分かる。なぜならば、台湾海峡の幅は約170km(90nm)であり、戦闘機ならば10分もあれば台湾本土に到達するからだ。戦闘機などの中国軍機による中間線越えは、中台の暗黙の合意で第三次台湾危機以降はほぼ実施されていなかったものであった。今回、台湾はこの中国軍機に対して戦闘機を緊急発進させるとともに、地上部隊も迎撃態勢をとるなど臨戦態勢をとってこれに対応した。

尖閣・魚釣島(政府サイト:編集部)

米国内での政治的な動きもこのような情勢に影響を与えている。3月26日には米共和・民主両党の上院議員6名が米国と台湾との関係を強化するための「台湾保証法案」を議会に提出した。下院にも同様な動きがあるという。同法案には、台湾を加えた多国間演習の実施を奨励する内容も含まれている模様である。長年にわたり「一つの中国」の方針のもと、米国が差し控えてきた台湾への武器(F-16戦闘機)の売却が大統領によって承認されたとの報道も見られる。そして、何よりも来(2020)年には台湾総統選挙が控えている。

尖閣が危ない

かかる情勢において、わが国が最も注意しなければならないのは、「東シナ海」、即ち尖閣諸島周辺の状況である。中国は、米国の一連の行動に対する対抗措置の一環として尖閣諸島周辺で挑発行為を行うなど、エスカレーション・ラダーを上げて(緊張を高めて)来る可能性がある。

つまり、米国が北朝鮮情勢で中国をけん制しているように、中国が「尖閣諸島」の警備にあたっている海上保安庁や航空自衛隊対して(民間船舶なども含めて)執拗な挑発行為を繰り返し、これに自衛隊が過剰な反応をすれば、(中国の国境警備隊や民間人を護るとの名目の下に)軍事行動をとる構えで米国をけん制するということである。

以上のように、米中が東アジアにおいて巻き起こす風雲が急を告げている。わが国が、「令月にして、気淑(よ)く風和(やわら)ぐ」状態を維持するためには、相当な覚悟と備えが焦眉の急である。現在のように、憲法論議も放置された状態でわが国の防衛がなおざりにされるようならば、われわれは末代にまで禍根を残すことになるであろう。

鈴木 衛士(すずき えいじ)
1960年京都府京都市生まれ。83年に大学を卒業後、陸上自衛隊に2等陸士として入隊する。2年後に離隊するも85年に幹部候補生として航空自衛隊に再入隊。3等空尉に任官後は約30年にわたり情報幹部として航空自衛隊の各部隊や防衛省航空幕僚監部、防衛省情報本部などで勤務。防衛のみならず大規模災害や国際平和協力活動等に関わる情報の収集や分析にあたる。北朝鮮の弾道ミサイル発射事案や東日本大震災、自衛隊のイラク派遣など数々の重大事案において第一線で活躍。2015年に空将補で退官。著書に『北朝鮮は「悪」じゃない』(幻冬舎ルネッサンス)。