「金正恩夫人」と誤記された文在寅大統領夫人の話

韓国総合編成チャンネルMBNのニュース番組「ペク・ウンギのニュースワイド」で11日、訪米中の文大統領の日程報道で、トランプ大統領夫妻と文在寅大統領夫妻が同席する日程を報道する時、文在寅大統領夫人を「金正淑夫人」と画面で表示すべきところを、「金正恩夫人」と間違って表記してしまった。テレビ局側の説明では,「制作スタッフのミス」と述べ、謝罪した。韓国中央日報日本語版が12日、報じた。

南北のファーストレデイ―、李雪主夫人(左)と金正淑夫人(右)=2018年9月18日、平壌で(韓国大統領府公式サイトから)

「金正淑夫人」(キム・ジョンスク)と「金正恩夫人」では「淑」と「恩」の漢字一文字が違うだけだが、その違いは大きい。北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の夫人は「李雪主夫人」(リ・ソルジュ)だ。韓国のテレビ番組制作スタッフが文大統領と金正恩氏の家庭内に争いをもたらそうと考えたわけではないだろう。

「金正淑夫人」(64)と「李雪主夫人」(29)では年齢も世代も違うし、同じファースト・レディーとはいえ、前者は韓国大統領夫人であり、後者は北朝鮮の独裁者の夫人だ。前者は敬虔なカトリック信者であり、後者は銀河水管弦楽団で歌手だった。中国の習近平国家主席の彭麗媛夫人(ン・リーユアン)のような華やかな歌手キャリアはないが、李雪主夫人は北朝鮮では間違いなく一流の歌姫だった。

前日の10日、韓国ニュース専門ケーブルTV「聯合ニュースTV」は米韓首脳会談の見通しを報道する際、文大統領とトランプ米大統領を並べ、両大統領の胸に太極旗と星条旗を表示する予定だったが、文大統領の胸側に北朝鮮の共和国旗を間違って表示してしまうというハプニングが生じた。文大統領の訪米時の10日、11日の両日、韓国のテレビ局は考えられないようなミスを犯してしまったことになる。偶然だろうか。

想像力の乏しい読者でも「訪米中の文大統領への嫌がらせではないか」といった思いがするだろう。少し、政治の世界に精通している読者ならば、「文大統領が韓国を留守している時だ。文政権への日頃の不満を晴らしているのではないか」と考え、政治の裏を知る読者ならば「これは明らかに反文政権の組織的なサボタージュだ」と喝破するかもしれない。

もちろん、上記の2件のテレビ局側の制作ミスは突然、生じた想定外のミスではなかったはずだ。フロイト流に無意識の世界を解釈するとすれば、テレビ局側には文大統領は親北派の政治家であり、ひょっとしたら北側に通じている政治家ではないか、といった思いが強い。野党側からは「南北融和路線を突っ走る文大統領は金正恩氏の報道官」と揶揄されている。だから、テレビ制作側には「文大統領=北朝鮮」といった記憶が脳神経の海馬に定着し、それが不幸にも文大統領の訪米というイベント時に飛び出してきた、と解釈できるわけだ。

繰返すが、考えられないような間違いは、偶然生じたように見えるがよく考えると必ず過去の言動と何らかのつながりがあるものだ。人は無意識に本音を吐露する「フロイト的失言」(Freudian Slip)症候群が至る所で見られる。北朝鮮に急傾斜する文在寅大統領に対して、韓国ではテレビ番組制作者だけではなく、国民の間にも「フロイト的失言」や失策・暴言が飛び出す雰囲気が漂っている、と見て間違いないだろう。

ところで、「金正恩夫人」と間違えられた金正淑夫人は気分を害されているだろうか。「主人が金正恩氏の報道官」と揶揄されているぐらいだから、「想定内のイージーミスね」と一蹴されているだろうか。それとも「私はそんなに若く見えるのかしら」と笑いながら、満更でもない、といった表情をされるだろうか。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年4月16日の記事に一部加筆。