心意気が泣かせる…阪神・梅野のサイクルヒット

高橋 克己

野球に取り分けて興味がある訳でないし、ましてTV中継が激減した今日、横浜在住の筆者が阪神の選手の活躍振りを知る機会などほとんどない。本稿を書こうとPCに「はんしん」と入力したら「反清」→「半身」→「阪神」の順に変換されたこともそれを物語る。

なので、阪神の梅野捕手が4月9日にサイクルヒットを記録したのをリアルタイムで知っていた訳ではない。よしんば知ったとしても何の感慨も持たなかったと思う。が、その週末にNHKニュースの今週の出来事コーナーが流した、それが達成された様子のVTRは筆者を甚(いた)く感動させた。

9日(火)、横浜DeNA戦で史上69人目のサイクル安打を達成した梅野隆太郎選手(阪神タイガース公式FBより:編集部)

筆者が感動した側面をNHKが意識して醸し出したとしたら、日頃はNHK批判を趣味にしている筆者が一本取られた格好だ。単にサイクルヒットが出ましたと報道するのに比べ、このNHKの編集は本件のニュースヴァリューを数段上げたように思う。

ご存知の向きも多いと思うが一応その試合の経緯を振り返れば、阪神は7回表まで横浜に8対3で負けていた。7回裏に3点を返して1点差に迫るまでに梅野選手は三塁打、シングルヒット、本塁打を放っていて、二塁打が出ればサイクルヒット達成という状況で8回を迎えた。

その8回裏、阪神打線は奮起して4点を入れ8対10と試合をひっくり返した。押せ押せムードの中、1塁にランナーを置いての梅野の大飛球は右中間を抜けた。二塁ベースで止まれば大記録達成だ。だのに梅野は少し足をもつれさせながら(筆者にはそう見えた)懸命に三塁に走った。

目の肥えた甲子園の観客だ、ここで二塁打が出ればサイクルヒット、と全員が知っていたろう。追加点が取れるか取れないかは専ら一塁ランナーの足に任せるしかないのだし、梅野が二塁で止まったとしてそれを咎める者など、いかな厳しい阪神ファンでも一人としているとは思えない。

少し足をもつれさせながらと書いた。調べると一週間前の4月2日の試合で巨人選手と交錯して、何と左足薬指を骨折していたそうだ。足の遅い選手だあと感じたのはそのせいかも知れぬ。が、とにかく三塁ベースを踏んだ。サイクルヒットはなくなった、と誰もが思ったはずだ。

ところが何と梅野の一打が二塁打と記録されたというのだ。それはサイクルヒット達成を意味する。梅野選手が三塁ベースを踏むよりも一瞬早く、一塁ランナーがホームで刺されたために梅野の三塁打が成立しなかったという訳だ。何というドラマ。

筆者は梅野選手がサイクルヒットを達成したことに感動した訳でない。梅野選手が骨折している足をものともせずに、二塁で止まらず三塁に向かったその心意気に心を動かされたのだ。三塁打なら球史には残るまい。インタヴューで梅野選手は「一点でも追加点を取りたい一心で・・」と述べたという。

自らの功名を求めず、チームのため、他者のために尽くす、このことほど人を感動させるものはない。こんな梅野選手を単なるアホと評することもできよう。が、そういう人物は昔はどこにでもいた日本人の典型だ。そんな梅野選手に筆者は今後も注目する。

高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。