郭台銘、台湾総統選挑戦の波紋:現地の評価と中国政府の影

高橋 克己

郭台銘氏(Wikipedia:編集部)

日本ではシャープを買収した鴻海のオーナーとして知られる郭台銘が17日、来年1月の台湾総統選への立候補を目指し、国民党の予備選に出馬する意向を表明した。ただ、郭氏には党員としての空白期間があり、党籍を取り直しても立候補の要件を満たすには4カ月は必要のようだ。

これにより、国民党の候補者選びは8月下旬になるはずだが、国民党内で早期化のための何らかの工夫がなされる可能性もある。とはいえ、国民党には世論調査で人気のある高雄市長の韓国瑜や前の総統選で敗れた朱立倫らもおり、郭氏が必ず候補に選ばれるとは限らない。

ただし、筆者は国民党の遅い候補者選びが国民党にむしろ有利に働く可能性もあると考える。なぜなら民進党の蔡英文(現総統)と頼清徳(前行政院長)の一本化は5月下旬で3ヵ月も早い。国民党の候補選びが遅い分、その熱気が保たれたまま来年1月の総統選になだれ込むことだってあり得る。

もう一つの注目点は正副総統の組み合わせだ。民進党はおそらく蔡・頼コンビに落ち着くだろう。他方、郭氏はもし選ばれなくても国民党候補を支持すると述べたと伝えられる。が、果たして郭氏、応援はするとしても副総統候補に甘んじるだろうか、との気が筆者はしている。

もともと、数日前に郭台銘が一線を退くとの報道を目にしていた。が、さして気にも留めずにいたら、おとといになって来年1月の総統選立候補が取り沙汰され始めていて吃驚だ。きのう(4月17日)朝に配信された台湾聯合報の記事に依れば、郭台銘を総統選の候補にしたい意向が国民党にはあるようだ。

郭氏は1950年に台北で生まれた外省人とされる。ということは1945年8月15日以降に中国国民党と一緒に大陸から台湾に来た両親の下に生を得たことを意味する。50年来の国民党員ともいわれるが、記事を読むと長い空白期間があるらしい。

郭氏は74億ドルの資産を持つといわれる立志伝中の人物だが、果たして台湾人は彼をどう見ているのだろうかと思って、高雄の台湾人の知人に聞いてみた。すると自身のFacebookに皮肉たっぷりなコメントをアップしてきた。

很多人在罵郭台銘,但我希望他代表國民黨參選。(多くの人が郭台銘を罵(ののし)っているが、私は彼が国民党を代表して立候補して欲しい)

件の知人は台南出身の40代の雑誌編集者なので、その主義主張は推して知るべし。だが、「多くの人が彼を罵っている」ことには間違いないのだろう。その理由を聞いていないが、筆者の想像するところ、その蓄財振りの割に郭氏の台湾への貢献が薄いことが挙げられるのではあるまいか。

筆者は4月6日の投稿で中国商務部報告による2009年度の中国の輸出企業TOP-8のうち6社が台湾企業で、2位(Hong-Hai)と4位(Foxconn)が郭氏の会社であることを書いた。そしてそれら台湾企業6社は全てタックスヘイブンを経由しての中国投資だった。

それが何を意味しているかを(契約を見た訳でない)筆者なりに想像すれば、郭氏の会社は、台湾で大きな雇用は創出せず(中国では一時11万人超)、大陸での事業の利益は大陸の子会社とタックスヘイブンのペーパー会社にプールされて再投資に回され、台湾へのリターンはペーパー会社からの配当金やロイヤルティー(もしあれば)と郭氏個人の所得税といったところだろう。

蔡英文総統(Wikipediaより:編集部)

だとすれば「很多人在罵郭台銘」も腑に落ちる。これは真面目一徹の蔡総統(民進党)や苦労人の高雄市長韓国瑜(国民党)、自閉症の一種アスペルガー症候群を公言している医師の台北市長柯文哲(無所属)、同じく医師の頼清徳(民進党)や台大教授から政界に出た朱立倫(国民党)の誰とも異なる郭氏の側面だ。

筆者が4月2日の投稿で「4月10〜12日に世論調査、そして4月17日が候補者の発表」と書いた民進党の候補選びは、その後の蔡英文と頼清徳の間の話し合いで5月22日に一本化することになり、泥仕合は避けられるようだ。

何とか禍根を残さず決まって欲しい。が、仮に頼清徳に一本化された場合は来年1月まで半年以上も蔡英文のレームダック政権が続くことになる。それは民進党にとってのみならず、何より台湾人にとって損失は大きい。もしそうなっても蔡氏には副総統・行政委員長として党と政権に参与して欲しい。

さて、今回、郭台銘が出馬となれば中国は狂喜乱舞し、当選に向けて在りとあらゆる策を弄するに相違ない。それは民間起業家としての郭氏これまでの中国との関りの深さを見れば容易に想像が付く。一部の工場を米国に立地するらしいが、大陸の拠点がなくなる訳でない。

民進党の政策顧問だった奇美実業(ABS樹脂世界トップ)の創業者許文龍氏でさえ、2001年に江蘇省の子会社の些細なAN流出で操業停止命令を受け、遂には2005年に「一つの中国を支持し、台湾独立を支持しない旨を声明」させられた事件があった。これを契機にエイサー前会長の施振榮や台湾プラ創業者の王永慶(郭氏の師匠)らも転向を余儀なくされた。

郭氏が候補に選ばれるかどうか、また選ばれたとして勝つかどうかなど全く判らない。が、50年来の国民党員である外省人で大陸に多くを依存する事業を行っている郭氏が、中国の影響を排除した政治を行えると考える台湾人は多くはないだろうことだけは判る。

高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。