外科医が行うべき研究とは?

昨日(4月19日)は大阪で開催されている日本外科学会に招かれ、特別企画「外科医が行うべき研究とは」の中で、「患者さんから学び、患者さんに還元する研究を!」というタイトルで講演を行った。私は、腫瘍外科医として勤務した時に感じた疑問を出発点として、研究を始め、そして、メスを捨てることになった。

ユタ大学に留学した理由が、遺伝性腫瘍の一つである家族性大腸腺腫症の原因遺伝子を見つけることであったのは、多くの人の知るところである。ユタ大学に移ってすぐに家族性大腸腺腫症の研究を始めたわけではない。家系からのDNAは揃っていたが、原因遺伝子の場所を見つける道具(DNA多型マーカー)がほとんどなかったからだ。自分の不勉強さを認識し、「あとの祭り」を後悔したが、それならば自分で見つけるしか手はないと思ったことが、結果的にメスを捨てることになったのだから皮肉なことだ。

しかし、多くの研究者に貢献することの重要性や数十年後に生きてくる研究を支援する米国の懐の深さを学んだことは一生の財産となった。自分の知的好奇心を満たすことが最重要視されている日本の生物学・分子生物学分野で育っていれば、今のような考え方には至らなかったと確信している。

目新しいものでないと予算維持・獲得ができないと、研究所や研究センターの名前を変えて、目眩ましとするのが流行だが、これが長期的に必要な研究の流れ、学問を断ち切っている。理化学研究所のSNP研究センターは、私の念願であった「ゲノム医科学研究センター」と目標をはっきりさせたが、いつの間にか、何をゴールとするのかわからないセンター名となってしまった。

このブログで繰り返し述べているが、医学研究は患者さんにどのような形で貢献するかを考える実学だ。患者さんに貢献できる最終目標に対して、自分の研究が1メートル手前のこともあるだろうし、1キロメートル手前であることもあるだろうが、ゴールに1歩ずつでも進んでいく気持ちを持ち続けることが医学研究として不可欠である。

標準化療法というマニュアル医療など、本当に患者さんを直視しているのか疑問でならない。マニュアル医療を基準としてしか、がん医療を考えられないような医師が大手を振っているような現状を変えていかないと、患者さんや家族の悲しみや苦しさは軽減できないだろうし、日本の医療には未来はない。

学会では時間が限られていたため伝えることができなかったが、基礎研究者であっても、現在の進歩の速さを追いかけていくことが大変な状況だ。私は、外科医を含めた臨床医は、自ら基礎の基礎のような研究をする必要がないと思う。外科のリーダーは、臨床指向のしっかりした基礎医学者をパートナーとして見つけ、もっと患者さんに還元できるような臨床により近い研究をすべきであると思う。

臨床現場で役に立ちそうな多くの技術が生まれている現状を踏まえ、それをしっかりと目利きして、患者さんに橋渡しをしていくリーダーが必要だと思う。そのためには、忙しすぎる臨床現場の負担を軽減していくことが重要だ。がんの遺伝子パネルのように、10年前のシークエンス技術力に基づくような検査を世界の最先端と誇っているようでは、日本は世界から取り残され、バカにされるだけだ。

と批判しつつも、私も通勤と今の仕事をこなすことに多くの時間が割かれつつある。伊丹から福岡に入り、本日は昼に会議をして、夕方帰京する。水曜日と木曜日は、日本泌尿器科学会の基調講演のため、名古屋にいた。これでいいのか、私の生活は?


編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2019年4月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。