皇統の継続性、日本国の継続性:両陛下の人柄に触れた思い出

今から20年ほど前の話になります。

忘れもしない1999年2月、私はヨルダンの首都アンマンにあるクィーンアーリア空港に向かう政府専用機の中にいました。

当時、私は、大蔵省から外務省に出向し、中近東アフリカ局中近東第1課でヨルダン王国の担当官をしていました。

ヨルダンはエジプトとともにイスラエルと平和条約を結んだ数少ないアラブの国で、中東和平において極めて重要な役割を果たしていました。

それゆえ、日本から同国への経済支援も積極的に行われ、私自身、ヨルダンの予算編成閣議に参加したことがあるほど、両国関係は密接です。

そして、ヨルダンは極めて親日的な国であり、特に、皇室と王室の関係は、積極的な相互交流が行われるなど、特別なものがあります。

宮内庁サイト:編集部

こうした親密な両国関係があることから、1999年2月にフセイン前国王が亡くなられた際、その国葬には、当時の皇太子同妃両殿下(いまの天皇皇后両陛下)が参列されることになりました。

ただ、アラブには亡くなってから48時間以内に遺体を埋葬するしきたりがあることから、とにかく急いで現地に行かねばなりませんでした。

逝去の報に接した直後から、私は家に帰ることもできず、ばたばたと両殿下の国葬参列の準備に当たることになったのです。

一番の問題は、皇太子同妃両殿下とともに小渕総理も参列することになったため、政府専用機を2機とも飛ばさなくてはならなくなったことでした。

しかし当時、政府専用機2機ともに要人を乗せて飛ばすという先例がなかったため(2機のうち1機は、何かあったときの予備機としてカラで飛ばすのが通例だった)、その調整に四苦八苦しました。

結局、日本と関わりの深いフセイン国王の国葬であること、皇室と王室の特別の関係があることを考慮に入れ、一機は小渕総理をはじめとした政府関係者が搭乗し、もう一機に両殿下をはじめとした皇室関係者が搭乗するという極めて重厚な布陣で参列することになりました。

両殿下の乗る飛行機には、皇室関係者以外では私と外務省儀典官室の職員の2名だけが、同乗しました。

しかし、本当に大変なのはそこからでした。

葬儀の詳細も何も決まらない中、とりあえずヨルダンに向かえ、と飛び立ったので、葬儀で何を着ればいいのか、葬儀の手順や段取りはどうなっているのかなど基本的なことさえ、出発時には何も決まっていなかったからです。

そんな中途半端な状態で両殿下にお出ましいただいたことを申し訳なく思いながらも、出発直後に、こうした現状を両殿下に正直に申し上げ、着陸直前にもう一度説明させていただけないでしょうかとお願いしたところ、優しく微笑んで、「そうしましょう」とおっしゃっていただきました。

そのお言葉を聞いて、私はどれほどほっとしたことか。

それから、暗号のかかった聞き取りにくい機内電話を使って、東京だけでなく現地のヨルダン当局からも必死で情報をかき集め、着陸直前になんとか最低限の情報をお伝えすることができました。

案の定、世界中から賓客が集まる現地は、混乱の極みでした。

また、とても寒かった記憶がありますが、皇太子殿下はコートをお召しになることもなく、フセイン国王の葬儀に参列され弔意を表されました。

私はモニターで確認していましたが、その凛としたお姿が今も脳裏に焼き付いています。

帰路のことは疲れていて何も覚えていませんが、羽田空港のV1スポットに帰り着いた際、東宮の職員の方からこちらに来て欲しいと声をかけられました。

なんだろうと出口付近まで行くと、なんとそこには両殿下がいらっしゃり「いろいろありがとう」とお礼のおことばをいただきました。

何日も徹夜をしてふらふらになっていましたが、一気に疲れが吹き飛ぶとともに、私のような職員(当時29歳)にまで気を配っていただいたことに感動しました。

このときの経験はあくまで私の個人的なものですが、両殿下のあたたかく穏やかなお人柄に接する機会になったと同時に、外交の世界で皇室が果たしている役割がとても大きく、国益に多大なる貢献をしていることを身をもって知る機会にもなりました。

世界には、国を持ちたくても持てない民族や、国体を維持できず途中で途切れている国も枚挙にいとまがありません。

だからこそ、天皇の体現する国家の継続性、持続性に対して、ヨルダンをはじめ世界の首脳が特別な敬意を払っているのだと思います。

パレスチナのアラファト議長が来日された時、少し通訳をする機会がありましたが、同議長も心からの敬意を天皇陛下に払っておられました。

総理大臣に会うのもいいが、とにかく天皇陛下に拝謁したいと希望する海外要人が多いのもまぎれもない事実です。

だからこそ、このたび、上皇陛下から天皇陛下に皇位の継承が円滑に行われたことに私は安堵するとともに大いなる喜びを感じています。

天皇とは、つまるところ日本国の継続性の象徴であり、それゆえ、皇統が安定的に継承されていくことが、我が国の平和と繁栄にとって極めて重要だと考えます。

国民のために祈り、国民に寄り添い、世界の平和を願う、そんな天皇を象徴としていただく日本国の国民であることに誇りを感じるのは私だけではないはずです。

上皇陛下は、平成28年(2016年)8月8日「象徴天皇の務めが常に途切れることなく安定的に続いていくことをひとえに念じ」と述べられました。

このおことばを重く受け止めつつ、改めて、皇室の弥栄(いやさか)をお祈り申し上げます。


編集部より:この記事は、国民民主党代表、衆議院議員・玉木雄一郎氏(香川2区)の公式ブログ 2019年5月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はたまき雄一郎ブログをご覧ください。