即位、退位、そして辞任の「時」

今上天皇陛下の年齢が59歳と聞いた時、「お若いな」という感慨を持ったが、時事通信が1日報じた歴代天皇の即位年齢では奈良時代の光仁天皇の60歳に次いで2番目の高齢で、御退位された上皇の即位年齢55歳が3番目だと知って、「今上天皇の即位年齢は歴代的に見ればそんなに高齢なのか」と改めて驚いた。

▲「令和時代」の幕開けを告げられた天皇皇后両陛下(宮内庁公式サイトから)

▲「令和時代」の幕開けを告げられた天皇皇后両陛下(宮内庁公式サイトから)

当方はローマ・カトリック教会最高指導者のローマ法王をフォローしている関係で、天皇の即位年齢が50代というのは「非常に若い」という思いが直ぐに湧く。例えば、南米出身のフランシスコ法王が第266代法王に選ばれた時、既に76歳だった。前法王べネディクト16世は法王選出時には既に78歳だった、といった具合だ。

近代に入ってローマ法王の即位年齢は60代後半から70代に入った年齢が多い。例外は故ヨハネ・パウロ2世だ。ローマ法王に選出された時は58歳だったから、世界は驚き、新しい時代の到来を感じたほどだ。ただし、ヨハネ・パウロ2世がその後27年間、法王として“ペテロの後継者”のポストを維持したこともあって、「後継者の法王はやはり高齢者から選ぶべきだ」と、若くして選ばれたヨハネパウロ2世の長期政権に疲れた枢機卿たちの声が聞かれた。そのため、ヨハネ・パウロ2世の後継者には既に78歳だったドイツ人のべネディクト16世が選出されたわけだ。いずれにしても、そんな経緯があって、今上天皇の即位年齢を当方は一方的に「お若い天皇」といった感じを持ったわけだ。

ところで、現上皇が天皇陛下として生前退位を決意されたことに、少し理解できたように感じた。終身まで公務をお勤めになることもいいが、早期退位し、若い後継者にバトンを渡すことで新たしい時代を迎え入れ、国に新鮮さと感動を与え、ひいては国の発展につなぎたい、という思いがあられたのではないか。高齢社会となった今日、若い世代が登場しにくくなってきた。英国王室を見れば,それが良くわかる。

ヨハネ・パウロ2世の晩年は正直言ってカトリック教会は停滞した。最高指導者の健康がままならない状況で10億人以上の信者を抱える教会を指導することは難しい。教理省長官時代、ヨハネ・パウロ2世の晩年を身近に見てきたべネディクト16世が719年ぶりに生前退位を決意したのも、終身制の法王の地位と自身の体力などを総合的に判断した結果だったのではないか。特に、聖職者の未成年者への性的虐待問題が表面化し、教会の信頼を大きく揺るがせていた時、べネディクト16世は教会に活力と新鮮さを取り戻すために生前退位を決意したのだろう。残念だったことは、フランシスコ法王時代に入っても聖職者の性犯罪は絶えないどころか、一層深刻化したことだ。

天皇陛下の生前退位をべネディクト16世のそれと比較することは正しくないが、超高齢社会を迎えた今日、指導者が後継者にバトンを渡すタイミングが非常に大切となってきた。天皇や法王のように終身制であったとしても、生前退位は一つの重要な選択肢とみなすべき時を迎えている。

一方、政治の世界に目を移すと、状況は異なる。「欧州の顔」といわれてきたドイツのメルケル首相は昨年秋、与党の「キリスト教民主同盟」(CDU)の党首を辞任し、任期完了まで首相職だけに専心すると表明。それを受けCDUは同年12月、党大会でアンネグレート・クランプ=カレンバウアー幹事長を新しい党首に選出した。メルケル首相は党首職を譲ることで首相職に全力を投入できると考えていたが、2021年には首相を辞めて政界を引退すると表明した瞬間、メルケル首相の政治力は急速に減退した。ドイツ政界の動きを見ても、既にポスト・メルケルに関心が移動している。メルケル首相が今、何を考えているか、などに余り関心を示さなくなってきた。政界は冷酷だが、それが現実だ。米大統領は任期終了間際に入ると、レームダックと呼ばれる現象が現れる。米国民の関心が次期大統領に移るため、現職の大統領の政治力が急速になくなることを意味する。同じことがメルケル首相にも当てはまる。

独仏首脳は先月10日、開催された欧州連合(EU)特別首脳会談でも、その前に会合してから首脳会談に臨んだが、独仏両首脳は英国のブレグジットの離脱期間の延期問題で意見が分かれた。その結果、1年程度の長期延期を主張していたメルケル首相と、EUの混乱を助長する危険性があるとして可能な限りの短期間の離脱延長を主張したマクロン大統領との間で意見が対立。最終的には「合意なき離脱」を回避するというコンセンサスに基づき、「10月末まで」の延期という妥協で決着したものの、独仏両側に不満を残したことは間違いない。

メルケル首相とマクロン大統領はこれまで連携し、難民・移民問題でもEUの結束を破壊しないように助け合ってきたが、ブレグジット問題では独仏のスタンスは明らかに異なってきた。その主因は、首相職と党首を分け、第4次政権後、引退を表明したメルケル首相の政治力が無くなり、政治家として既に死に体と受け取られ出しているからだ。メルケル首相は加盟国をまとめる政治力を既に失っているのだ。

全てに「時」がある。即位、退位する「時」、就任、辞任する「時」、正しい「時」を選択することは難しい課題だろう。特に、国の指導者の場合、間違った「時」を選べば、国の混乱をもたらすことにもなるからだ。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年5月3日の記事に一部加筆。