10日間の連休中、持て余した時間を利用して、様々な分野の読書に励んだ。まだ、完全に読み切れていないが、その1冊が「Deep Medicine」というハードカバーの本である。著者はEric Topolという方で、循環器内科医だそうだが、Google Scholarではゲノム、ウエアラブルバイオセンサーの研究者と称している。論文総引用回数は230,000回と私の論文の引用回数の1.5倍近くある研究者だ。
科学的な専門書ではなく、人工知能と医療をテーマにしたわかりやすいストーリーで構成されており、人工知能の進歩を医療の観点から学ぶには面白い本だ。たとえば、高カリウム血症を、ウエアラブルな装置で調べた心電図から判定する方法は興味深い、人工知能の応用時に考えるべき課題が指摘されている部分など、私には非常に役に立つ。
高カリウム血症は致死的な不整脈につながるので、注意を払うべき重要な状態である。特に、腎透析患者や腎毒性の強い抗がん剤治療中の患者さんは高カリウム血症のリスクが高いので、これらの患者さんのモニタリングに役立つと考えている。上記の本では、予測するアルゴリズム(OOOであれば、XXXとなることを判断できるコンピューターの解析ルールのようなもの)を作ってこのシステムの有用性を評価したところ、最初の検証実験では全く役に立たなかったことを紹介している。
しかし、結果を検証していったところ、この検証試験では、対象としていた外来患者では、カリウムを測定した日と心電図を計測した日にずれがあることが問題である可能性を見つけたと述べられている。そこで対象を入院患者に絞って(カリウムと腎電図の検査日が近い)再検証したところ、心電図の波形から、高カリウム血症を推測(予測ではない)できることを実証できた。
人工知能を利用して深層学習をする場合、学習する教材に間違いがあると、まともな学習ができるはずがない。当然と言えば、当然のことなのだが、医療分野では診断の間違いや曖昧な定義は少なくないので、必然的にデータの精度が低くなる。たとえば、先週号のサイエンス誌では、免疫チェックポイント抗体の治療効果を予測する遺伝子不安定性検査について論じていた。遺伝子不安定のレベルが高い方が、良い効果をより期待できるようで、正常・異常の線引きがあいまいすぎる可能性がある。
入力するデータの質が良ければ、データの量を増やすほど、機械学習の恩恵を受ける確率は高まる。しかし、入力するデータの質が悪ければ、われわれが腐ったものを食べると嘔吐や下痢を引き起こすように、AIも機能不全を引き起こすのだ。AIが表情や声色から、人間の感情を読み取る研究も進んでいる。温かい心に欠けた人間医師よりも、患者さんの気持ちをもっと理解してくれるAIの登場も夢ではない気がする。私が生きている間に実現するかどうかは疑問だが。
画像認識システムも、数年前には3歳児レベルに達したという話を聞いた。よちよち歩きの子供が急速に成長するように、あっという間にAIも成長するだろう。AIが碁や将棋を始めた時、人間に優る日など遥か先だと思っていたが、今や、名人に勝つレベルとなった。
今は駄目だから望みはないと諦めていては、世の中の進歩にあっという間に取り残される。米国でアポロ計画が公表された時、夢の世界の話だと思ったが、あっと言う間に実現された。ヒトゲノム解析に数十年から百年かかると思っていたが、十数年で実現された。がんを治癒するのも夢ではない時代となった。夢を実現するのは人間の力だ。夢をかなえるために、一歩一歩積み重ねが必要だが、日本はすぐに結果を求め、積み上げたものを崩壊させる。バイオバンクジャパンの情報や試料などは宝の山だと信じているが、私の手を離れた今、これを磨こうともしない。悲しきかな、日本の科学だ!
編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2019年5月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。