台湾総統選:郭台銘と韓国瑜が神経戦、民進党の2候補もフル活動

5月15日の台湾自由時報によると、来年1月行われる台湾総統選の国民党の候補者選びに目下のところ唯一出馬を表明している鴻海精密のオーナー郭台銘が、訪問先の台東で同党のライバル候補と目される高雄市長の韓国瑜を牽制したようだ。

郭台銘氏(公式FB)、韓国瑜氏(Wikipedia):編集部

郭氏は、13日に韓市長が「もし党が本当に自分を強く指名し、出馬して総統に当選したら、高雄で執務を行う、高雄を離れない」と述べたことに対し、「高雄から動くべきだ。軍隊の司令官はどこにいるべきか?総統府はどこか?司令官が司令部を離れるべきでない」と批判したとのこと。

韓氏の発言には民進党の高雄市議も、総統選出馬に対する市民の反発を取り除こうとしていると指摘し、説得力が全くないと批判した。が、一方で韓氏は、自身への悪評が毎日のように立てられている現状に触れ、「このまま続けば(予備選で)勝てるとは限らない」と自虐的に笑ったと報じられた。

筆者は台湾総統選について4月2日「2020総統選に向けて動き出した台湾」、4月18日「郭台銘、台湾総統選挑戦の波紋」と4月25日「最新世論調査に見る台湾総統選挙の動向」の投稿で、3月23日に一旦は不出馬を表明した韓氏について、「民進党の固い地盤の高雄市民がその心情を措いて投票した韓氏、もし裏切れば南部の大票田の票のほとんどが民進党に戻ると読むのは当然」と書いたが、果たしてそうなりつつあるようだ。

国民党は総統選に出馬する意向のある全ての候補者が、党公認候補の指名争いに参加できるようにする特別規則を設ける方針で、5月半ばの中央常務委員会で決定する予定だ。6月上旬に予備選の候補者リストを発表し、テレビ討論や世論調査を経て、7月下旬の公認候補正式決定を目指すとしている。

また、郭氏は5月9日に「92年コンセンサス」だけでは不十分であり、「一中各表、92年コンセンサス」とするべきだと述べたとも報じられた。一中各表とはそれぞれの一つの中国、すなわち中国のは、中国は一つで台湾は中国の一部、国民党のは、中国は一つで大陸は台湾の一部、民進党は「92年コンセンサス」の存在自体を認めないというもの。

郭氏の発言は、北京に対して中華民国が存在するという事実を直視するよう呼び掛けたと受け取られている。それはすなわち、中華民国と中華人民共和国の2つが存在することを意味する。が、蔡英文総統は14日、「郭氏の見解を中国が容認するか、この声が国際社会に届くか、それこそが大事」と述べた。

蔡総統が郭氏の発言に反発するのは当然として、郭氏が韓氏の発言を牽制し、また一中各表に関して中国がとても受け容れそうにないような発言をした背景には、TVBSが5月8日に公表した世論調査の結果が大きく影響していると思われる。

それは以下の通りで、民進党の相手が蔡英文の場合も頼清徳の場合も、郭氏は台北市長の柯文哲とは競るものの韓氏には後塵を拝するのだ。一方、6月上旬に候補を決める予定の民進党はさらに深刻で、仮に柯文哲が出馬する場合には蔡氏でも頼氏でも勝てないという結果になっている。

[国民党]  [民進党] [無所属] [ 支持率(%)]
韓國瑜 : 蔡英文 : 柯文哲      39 : 25 : 26
韓國瑜 : 賴清德 : 柯文哲      39 : 24 : 27
郭台銘 : 蔡英文 : 柯文哲      31 : 24 : 30
郭台銘 : 賴清德 : 柯文哲      31 : 24 : 30
朱立倫 : 蔡英文 : 柯文哲      26 : 24 : 33
朱立倫 : 賴清德 : 柯文哲      27 : 25 : 33
王金平 : 蔡英文 : 柯文哲      15 : 23 : 38
王金平 : 賴清德 : 柯文哲      13 : 24 : 37

その蔡氏は4月30日に訪台した超党派国会議員連盟「日華議員懇談会」副会長の長島昭久衆院議員らと総統府で面会し、TPP拡大の際に台湾の参加に対する日本の支持が得られるよう望むとの考えをアピールした。が、長島氏の隣に立憲の長妻昭議員もいたのは、筆者には蔡氏にマイナスと思われた。

一方の頼清徳氏は先週から日本を訪れて元首相、すなわち海部俊樹氏と森喜朗氏に面会したまでは良いが、野田佳彦氏とも面会したのは筆者にはマイナスと思われる。その他30名ほどの現役議員と懇談したとされるが、目下の日台の外交関係を考えればこれで上出来だろう。

だが、産経の矢板記者の取材に応じた頼氏のコメントに筆者は若干の物足りなさを感じた。台湾独立について「中国の脅威に対抗して台湾の主権と民主主義を守り、経済的にも自立して『実務的な台湾独立』を果たす。そのことを念頭に置いており、私が当選しても台湾の独立を(新たに)宣言することはない」とトーンダウンさせたのは、残念だがとんがり過ぎるよりは良いとして…

3.11被災地産食品の輸入規制について、「昨年の住民投票で被災地の食品を禁輸とすることが賛成多数を占めた。台湾の有権者に今、被災地の食品に対する不安と誤解があるのは確かだ。日本政府と一緒になり、不安や誤解をなくす努力をしなければならないと考えている」と述べたのにはがっかりした。

日本は首尾一貫して安全性を主張し発信している。が、筆者の聞くところでは日本は国内で流通できないものを台湾に輸出しているとのデマが未だに絶えないという。禁輸を続けたい国民党の策謀で住民投票になったことは事実だが、民進党が積極的に流言飛語の否定に回っているとの話は聞かない。

4月28日の投稿「日本敗訴に他国も懸念表明、WTOに日豪チリが釘」と書いた件に関連して、5月16日にも産経が「WTO上級委判断は『遺憾』『制度に欠陥』10以上の国や機関が日本を支持」 と報じている。

中国の札束で国交を持つ国が減り、国際的に追い詰められている台湾がその立場を盛り返すには、こういった絶好の機会を捉えて輸入を解禁し、その存在をアピールすることが必要ではないか。この問題に関する姿勢は、筆者が唯一台湾に関して残念に思うところだ。

高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。