「空母いぶき」騒動:左右の脊髄反射に違和感(特別寄稿)

潮 匡人

公開直前の映画「空母いぶき」で首相を演じる佐藤浩市が、原作を連載する「ビッグコミック」5月25日号でインタビューに応じている。

――総理大臣役は初めてですね

佐藤 最初は絶対やりたくないと思いました(笑)。いわゆる体制側の立場を演じることに対する抵抗感が、まだ僕らの世代の役者には残っているんですね。でも(中略)

――総理は漢方ドリンクの入った水筒を持ち歩いてますね。

佐藤 彼はストレスに弱くて、すぐにお腹を下していまうっていう設定にしてもらったんです。だからトイレのシーンでは個室から出てきます(以下略)

佐藤発言が炎上したビックコミック

案の定「安倍マンセー保守」陣営が「安倍首相を揶揄している」などと反発し、ネットは大炎上。版元の小学館にも抗議が殺到した。

他方、反安倍陣営も『「佐藤浩市が安倍首相を揶揄した」は言いがかりだ! 俳優の役作りまで検閲する阿比留瑠比、百田尚樹ら安倍応援団』(リテラ)とか、『佐藤浩市「空母いぶき」“役作り”へ非難殺到は文化の未熟さ』(日刊ゲンダイ)などと応戦。有名俳優や映画関係者らも参戦し、大論争が勃発した。

たしかに佐藤が演じる「垂水総理」は、安倍総理を彷彿とさせる。これは問題になるかもしれない……正直、私も試写を見て、そう感じた。その危惧が現実となった。

予め断っておくが、私は原作の「協力」者に過ぎず、映画には直接タッチしていない。エンドロールにも私の名前は出てこない。とはいえ、原作に名を刻む当事者でもあり、上記発言については論評しない。

ただ賛否双方の過敏な脊髄反射には違和感を表明したい。多くが、映画も見ずに、原作も読まずに暴言や放言を重ねている。当該インタビューすら読まずに脊髄反射している者も少なくない。上記インタビューはこう続く。

――劇中では名実ともに『総理』になっていく過程が描かれます

これに対する佐藤の応答を読めば、加えて《名実ともに「総理」になっていく過程が描かれた》映画を見れば、必ずしも「安倍首相を揶揄している」わけではないと分かる。

原作も読まず、映画も見ずに、ネット情報を鵜呑みに脊髄反射する。左右のネット依存症患者に共通する病状である(月刊「正論」6月号拙稿「ネットメディアで叩かれて」参照)。せめて「読んでから見るか 見てから読むか」のどちらかにしてほしい。

インタビューに続けて当該号は「映画オリジナルキャラクターをかわぐちかいじが逆マンガ化!!!」した「空母いぶきエピソード0」も掲載する。ネットニュース社の「本多裕子記者」を演じる人気女優の本田翼らが「逆マンガ化」されている。

原作の読者なら、誰しもが戸惑う。原作には元々「本多裕子記者」もネットニュース社も出てこない。どちらも「映画オリジナルキャラクター」である。つまり良くも悪くも、原作を忠実に映画化した作品ではない。掲載号を読めば、誰しもそう気づく。

加えて、巻頭は「公開直前総力特集!!!」。「実写映画『空母いぶき』あらすじ」が以下のとおり公表されている。

(前略)20XX年、12月23日未明。未曾有の事態が日本を襲う。波留間群島・初島に国籍不明の武装集団が上陸、わが国の領土が占領された。(以下略)

原作の読者なら再び、誰しも戸惑う。原作には「波留間群島」も「初島」も出てこない。日本最南端の「波留間島」や静岡県熱海市の「初島」なら現実に存在するが、「波留間群島・初島」など、現実に存在しない。映画の公式サイトでは「沖ノ鳥島の西方450キロ」と説明されているが、もとより架空の島である。

そこに「東亜連邦」が攻めてくる。ここまで来ると、もはや原作との一致点を見出すほうが難しい。当事者の発言と切り取られないよう、「デイリー新潮」の記事『佐藤浩市炎上で話題の映画「空母いぶき」、専門家が指摘するこの作品の別の問題点』を借りよう。

原作では、中国の工作員が尖閣諸島に上陸。続いて中国軍が先島諸島を占領し、自衛官に死傷者が出て、島民も人質に取られる中、最新鋭戦闘機F35Bを積んだ空母「いぶき」が先島諸島の奪還に向かうのだが……

原作を、現実の安倍政権が後追いするかのごとく、護衛艦いずもの「空母化」が決定された経緯は、当欄でも論評したので繰り返さない。新潮記事は映画評論家の以下コメントも報じた。

「エンドロールに協力・防衛省の文字はなかった。防衛省の協力が得られなかったから迫力がなかったのかもしれません。現実には中国が台頭し、本気で尖閣を狙っているのは紛れもない事実。あの国を刺激したくないというわけでしょうが、中国も韓国も平気で日本を悪者にした映画を作っています。今回は中国に気を遣いすぎじゃないですか」

さらに記事は《原作の「空母いぶき」に関しては、元防衛大臣の小野寺五典氏も月刊「正論」誌上で絶賛したことがある》と発言を引用しているが、私は当該座談会の参加者(当事者)なので、やはり論評は控える。

ただ、以下の事実は指摘できよう。「東亜連邦」は近代的な海上戦力を保有しており、彷彿とさせる国家は、ごく少数に限定されるが、けっして中国ではない。というのも、映画の終盤、なんと中国の潜水艦が「これ以上の戦闘の拡大は許さない」と登場するからだ。原作では日本を侵略する中国が、映画では日本に助け舟を出す。もはやそこに、原作のリアリティは見出だせない。保守陣営が批判すべきは、以上の経緯ではないのか。

いずれにせよ、映画の公開は5月24日。左右双方の脊髄反射が、格好の宣伝となったことだけは間違いない。


潮 匡人  評論家、航空自衛隊OB、アゴラ研究所フェロー
1960年生まれ。早稲田大学法学部卒。旧防衛庁・航空自衛隊に入隊。航空総隊司令部幕僚、長官官房勤務などを経て3等空佐で退官。防衛庁広報誌編集長、帝京大准教授、拓殖大客員教授等を歴任。アゴラ研究所フェロー。公益財団法人「国家基本問題研究所」客員研究員。NPO法人「岡崎研究所」特別研究員。東海大学海洋学部非常勤講師(海洋安全保障論)。『日本の政治報道はなぜ「嘘八百」なのか』(PHP新書)『安全保障は感情で動く』(文春新書・5月刊)など著書多数。