炸裂の麻生節「中国はアジア開発銀行借入を止めろ」の真意

酒井 直樹

最近、日本政府は中国への外交的プレッシャーを強めています。特に目立つのが麻生財務大臣の言動です。各社報道によれば、5月2日フィジーで開かれたアジア開発銀行の年次総会で、中国による途上国への高金利での融資を面と向かって批判し、その後の記者会見で「高利での貸付はサラ金と同じだと」激烈な麻生節を炸裂させました。

ADB総会に出席した麻生氏(ADB公式サイトより)

以下は、産経新聞の5月2日の記事「中国「サラ金と同じ」 麻生氏、途上国投資を批判」の引用です。

中国のインフラ投資では途上国が「債務のわな」に陥ると指摘され、スリランカでは南部ハンバントータ港の運営権を中国側が99年間握ることになった。麻生氏は同港を引き合いに「(途上国は)常識はあっても知識がない。うまい話に乗せられ、後で気が付いたら、えらい高い金利で返せなくなったりする」と会見で述べた。

そして返す刀で、中国にアジア開発銀行(ADB)からの借り入れを減らすよう迫りました。以下は5月4日の日経新聞記事「中国に「借り手」卒業促す、融資拡大警戒 アジア開銀」の引用です。

麻生太郎財務相は4日、フィジーで開かれたADBの総会で、「(ADBの)所得基準に達した国々は(借り手からの)卒業への具体的な道筋を議論していくべきだ」と述べた。念頭に置いているのは中国だ。麻生氏は2日に中国の劉昆財政相と会談した際にも直接、伝えたという。

ADBは途上国政府に低金利で融資をする国際金融機関ですが、各国の国民所得に応じて、金利が決められていて、中国にも、低い金利で優遇して融資しています。その適用となる基準は国民所得で1人あたり6795ドルなのですが、中国は1万6800ドルとすでに基準の2.5倍に達していて、ADBの中国向け融資の契約は2018年に約26億ドルで全体の12%を占めています。

とても驚くのは、このような相手国を非難する言説は、普通、多数が集まるマルチの会合の場でするのが一般的なのですが、麻生大臣が、中国の劉昆財政相とのバイ会談で直接苦言を呈したとは異例中の異例です。

では、これは麻生さん勇み足かというと、全くそんなことは無くて、むしろ綿密に練られた、安倍政権のしたたかな外交戦略の一環としてやっていると私は思います。

安倍さんは本当に外交上手です。なぜそう言えるかというと、中国から大きな反発が聞こえてこないからです。これまでの中国だったら外交的な非礼と、「中国とADBの間の話」への言わば内政干渉を強く批判していたでしょう。王毅外相あたりがいきんで。或いは尖閣あたりでブンブン示威行動に出ていたでしょう。

ではなぜ中国が大人しいのかといえばそれは、6月のG20で習近平国家首席がトランプ大統領と会うからです。米中貿易摩擦がますます深刻化する中で、米国と対峙しなければならず、このタイミングで日本と衝突すれば、二方面で敵を作ることになるので、日本には強いことが言えないのです。恐らく、安倍首相とトランプ大統領は、こうした日本の中国への対峙の仕方を綿密に話しているに違いありません。

相手が強く出られないのを見切って、悪くいえば弱みに付け込んで相手を追い詰める。それが外交の極意です。しかも、首相レベルや表の外務大臣ルートでは「日中友好ムード」を演出しておいて、ADBという日本の影響力の及ぶ出島では、財務大臣という言わば場外で徹底的に痛めつけるというのはヤクザの親分とチンピラの安い芝居を見ているようです。

私はADBに2017年まで17年間勤務していてある程度推測できるのですが、今ADBでは日本ものプレゼンスがかつてないほど高まっているものと思います。それには大きく二つの要因があります。第一に、中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)が絶不調で、マレーシアのマハティールのように多くの途上国に「中国疲れ」が蔓延していることです。先日私が行った親中カンボジアでも、国民や役所のキャリアレベルでは「中国はもう勘弁」という空気です。

第二に、モンロー主義を貫くトランプ政権下では、日本と同率の株式を持つアメリカのADBでのプレゼンスが大きく低下していることです。トランプ政権はアジアに注力していますが全て二国間のディールで国連や世界銀行、ADBなどマルチの組織とは距離を置いています。その証拠に、主要国が送り込む常任理事ですが、米国だけ長期にわたり空席で、これはとても異例な事です。ということで、日本以外総崩れ状態です。

今までも、歴史的に総裁を始め、枢要なポストを日本人が持つ唯一の国際機関でしたが、設立50余年にして、かつてないほど日本一人勝ちという状況だと読みます。もちろんADBの経営陣は、表向きは中国を立てて、日本の無茶振りに困った顔をするでしょうが。

ちなみに、具体的に中国への貸出金利はいくらかというと、実は、これがそんなに安くないのです。米国ドル建変動で、LIBOR(5月3日時点で2.61%:出典ADB財務局)にo.5%のスプレッドが乗って、さらに10年固定金利にすると2.61%が乗って、仕上がり5.7%になります。さらにこれに0.1%のマチュリティプレミアムや、最初に、借入総額の0.15%のコミットメントチャージがかかったりして(出典:ADB)、なんだかんだで6%近くになります。

中国はまだ幾ばくかの米国債を持っているでしょうが、その金利は今2.3%なので、国債売って、借金返した方が割に合うのですが、そうするとトランプに睨まれるので、この逆ザヤに耐えるしかありません。

もちろん、中国は優良企業のオフショアドル建て債券金利が8ー10%であることを考えれば、中国ソブリンやAIIBの実質調達金利は相当高いでしょうから、6%でもありがたいのかもしれませんが、だからこそ途上国への又貸し金利もサラ金並みに高くなるのもやむを得ないのです。ですので、中国が国際機関を主導するのはもともと無理筋だったのです。AIIBに米国と日本が加入しなかったのが分水嶺でした。

一方でADBはその原資を金融市場からLIBORを大きく下回る水準で調達してくるので、実は相当儲けています。なので、どっちがサラ金だかわからなくなります。

この局所では日本の税金は一切入っていません。むしろ中国などは文句を言わず、大きく借りてくれる上得意なので、ADB職員の給与のかなりの部分は、日本からではなく中国の税金で賄われていると言っても過言ではありません。そこに、さらに中国の借り入れ金利が上がったりすると泣きっ面に蜂状態です。まあ自業自得ですが。

だからある意味では中国のおかげでADBの健全経営が成り立っていると言えるのですが、そんなことを無視して容赦なく麻生砲が打ち込まれているのが別の角度から見た真実であります。

株式会社電力シェアリング代表 酒井直樹
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