存在感を増す独禁法の優越的地位濫用規制:芸能人からGAFAまで

楠 茂樹

独占禁止法上の優越的地位濫用規制(2条9項5号、19条)は、取引当事者間の力関係に着目し、優越的地位に立つ事業者が劣位にある取引相手に対して(契約条件の変更等により)不利益を与える行為を広く捉えるものである。市場における競争機能ではなく、個々の取引関係における不公正に焦点を当てるものであり、独占禁止法の諸規定の中でもやや特殊な性格を有するものである。

これまで、大手銀行がその融資先である企業に対してその関係性を利用して相手方が望まない金利スワップ取引を押し付けたケース(三井住友銀行事件)、納入業者の従業員をスーパーに派遣させて手伝わせたり、不当な返品を強要したりしたケース(マルナカ事件)など、独占禁止法の中ではそれなりに存在感を示してきた違反類型ではあるが、リニア談合事件に代表されるようなカルテルや入札談合を射程とする不当な取引制限規制(2条6項、3条)違反ほどの社会的インパクトはなかった。

その優越的地位濫用規制が、昨年から今年にかけて、大きく報じられ脚光を浴びるようになった。

公正取引委員会が設置した有識者会合である「人材と競争政策に関する検討会」が昨年2月に公表した報告書では、フリーランス人材と企業と間の契約を独占禁止法上、どのように扱うかについての考え方が示されている。

ちょうどその前後に芸能人が芸能事務所との間で不当に不利なマネジメント契約を結ばされていると話題になっていたこともあって世間の注目を浴びた。これまでタブー視されてきた感のある芸能界のしきたりや慣行に独占禁止法のメスが入るのでは、とメディアで大きく報じられた。

優越的地位濫用規制はその名の通り、優越的な地位にある事業者が劣位にある相手に不利益を押し付ける濫用行為を禁止するものであり、企業とフリーランス人材との関係においてもそのような構造があるのならば、この分野への適用はストレートなものである。独占禁止法の登板は自然な成り行きだ。

GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)に対する規制論議は、現在進行形のホット・トピックである。世界的なデジタル・プラットフォーマーとして知られるこれらの企業は、ビジネス上のネットワークを支配し、ネットワークの大きさが更なるネットワークの拡大を促すという効果を利用して他社の追随を許さず、各方面のユーザー(Amazonでいえば出品者も購入者も)が大規模なプラットフォーマーに依存する構造を作り上げてきた。

GAFA各社ロゴ:編集部

これら企業は顧客情報の収集において圧倒的に有利な立場にあり、その扱うビッグ・データは、ビジネス上の優位を高め支配構造の安定化につながっている。こうした支配的構造は、ユーザに対する不利益な取引条件(利用条件)の押し付けを可能にし、取引秩序の公正さを乱す危険を生じさせる。そこで注目されたのが優越的地位濫用規制である。これまで優越的地位濫用規制は事業者対事業者の関係においてのみ適用されてきたが、GAFA規制をめぐっては対消費者(一般のユーザー)にまでこの規定の射程が拡大されるのではないか、と注目されている。

コンビニの深夜営業の要請の問題も最近話題になった。優越的地位濫用規制は、令和新時代のビジネス界における注目の的といっても過言ではなかろう。

優越的地位濫用規制は、(大企業による中小企業や消費者に対する)「いじめとの闘い」といった色彩もあって、世間的にはその適用に対して賛意の声が強いが、懸念もある。そもそも何をもって「濫用」なのか、法律の文言に引きつけていえば「正常な商慣習に照らして不当」な行為とは何なのか、についてあまりにも漠然としているからである。

ビジネスにおいては取引関係上の有利不利はつきものであって、事業者が自らの努力で確立した競争優位を活かした有利なビジネスができないとするならば、競争の意欲を萎縮させることにもなりかねない。優越的地位濫用規制にいう不当性については、公正取引委員会の「優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」にいう「当該取引の相手方の自由かつ自主的な判断の侵害」との理解が一般的であるが、何をもって「自由かつ自主的な判断の侵害」というのか曖昧過ぎ、微妙な判断が問われるものも多かろう。

優越的地位濫用規制違反に対しては違反に係る売上金額の1%を課徴金として徴収することが法定されており、処分を受けた事業者は抗告訴訟に討って出る可能性が高い。そうすると今度は公正取引委員会が躊躇してしまうかもしれない。

典型的なカルテルや入札談合のように明からさまに競争を制限し、市場の機能を阻害する行為に対して独占禁止法を厳格に適用することに反対する声はまず聞かない。一方、優越的地位濫用規制のように取引上の地位の強弱に着目するタイプの規制に対しては、異論も多くある。

上記「考え方」では「当該取引の相手方の自由かつ自主的な判断の侵害」と述べると共に「相手方はその競争者との関係において競争上不利となる一方で、行為者はその競争者との関係において競争上有利となるおそれがある」などとも述べているが、優越的地位濫用規制が「努力して確立した競争優位への罰」として作用する恐れもまた否定できないのだ。「考え方」は意味のある「指針」になっていない。

公正取引委員会は「市場の番犬」といわれることがある。ただ、その方向性を誤れば、悪人に吠えない「役立たず」になってしまうかもしれないし、善人にも噛み付く「狂犬」になってしまうかもしれない。今後の展開が見逃せない。

楠 茂樹 上智大学法学部国際関係法学科教授
慶應義塾大学商学部卒業。京都大学博士(法学)。京都大学法学部助手、京都産業大学法学部専任講師等を経て、現在、上智大学法学部教授。独占禁止法の措置体系、政府調達制度、経済法の哲学的基礎などを研究。国土交通大学校講師、東京都入札監視委員会委員長、総務省参与、京都府参与、総務省行政事業レビュー外部有識者なども歴任。主著に『公共調達と競争政策の法的構造』(上智大学出版、2017年)、『昭和思想史としての小泉信三』(ミネルヴァ書房、2017年)がある