政府は年金などの公助をあきらめたの?朝日の記事への疑問

高幡 和也

5月23日に朝日新聞が報じた記事が一部で話題となっている。以下はその記事の冒頭部分である。

人生100年時代に向け、長い老後を暮らせる蓄えにあたる「資産寿命」をどう延ばすか。この問題について、金融庁が22日、初の指針案をまとめた。…中略… 政府が年金など公助の限界を認め、国民の「自助」を呼びかける内容になっている。

(5月23日付 朝日新聞デジタル『人生100年時代の蓄えは? 年代別心構え、国が指針案』より)

ここだけを読むと、政府が社会保障の公助を諦め、自助に委ねると宣言したように感じとれる。筆者もそう感じた一人だ。

写真AC:編集部

まず、この記事の基になった金融庁の指針案とは、金融庁の金融審議会市場ワーキング・グループが取りまとめた51ページにわたる「高齢社会における資産形成・管理」報告書(案)である。

この報告書案全文を読むと、先述した記事の「政府が年金など公助の限界を認めた」と指摘した箇所はおそらく以下の部分だと思われる。

少子高齢化により働く世代が中長期的に縮小していく以上、年金の給付水準が今までと同等のものであると期待することは難しい。今後は、公的年金だけでは満足な生活水準に届かない可能性がある

たしかに公的年金の限界を認めている様に読み取れる。さらに同報告書案では以下の様な自助の呼びかけにも言及する。

就労継続の模索、自らの支出の再点検・削減、そして保有する資産を活用した資産形成・運用といった「自助」の充実を行っていく必要があるといえる。

ただし、同報告案では上記に言及すると同時に、「今後も公的年金制度が老後の収入の柱であること」も明言し、同報告書案が「各々の状況に応じて老後の収入が足りないと思う場合の自助充実の提案」であることも明言している。

ここから分かるのは、同報告書案によって政府が「将来的な公的年金の破綻」や「老後は自助に委ねる」などといった宣言をしたわけではないということだ。

ただ、長寿命化社会への備えとして、政府が国民に対し、以前から自助努力を促しているのは間違いない。

例えば、個人型確定拠出年金「iDeCo」は以前、自営業者や企業年金制度が無い会社員しか利用できない制度だった。そもそもこの制度の目的は国民年金の支給額だけでは明らかに老後の生活費が不足するので、それを自助で補う為のものだったのだ。

写真AC:編集部

しかし、制度改正により2017年1月からは基本的に20歳以上60歳未満の全ての人が加入できるようになった。つまりiDeCoの制度改正を行うということは、国が国民に対し自助を「実質的」に呼びかけたことでもあるのだ。

個々人が目指す生活水準にもよるが、公的年金だけで満足いく老後の生活費用全てが賄えるというなら、そもそも現役時代に老後の為の資産形成や運用、貯蓄など必要ない。逆も然りで、自助だけで老後を生ききるのは至難の技だ。

同記事を書いた朝日新聞の記者にも少し誤解(意図的かもしれないが)があるのだが、そもそも日本の社会保障制度は「自助、共助、公助」が組み合わさって成り立っている。この内、公的年金は「公助」*ではなく「共助」である(*公助は生活保護など)

朝日新聞の記者がそれを理解し、それでも尚「政府は公助の限界を認め国民に自助を呼びかける」という言葉を使ったのだとしたら、それはミスリードを誘ったとしか思えない。

繰り返すが、社会保障制度は、自助、共助、公助のそれぞれが独立しては成り立たない。ここで本稿のタイトルに自答するなら、「政府は公的年金の給付水準低下の可能性に言及したが、共助や公助を諦めたわけではない」となる。

ただ、それらを理解したとしても、社会保障の負担と給付のバランスを考えた場合には常に「世代間の損得論」が付きまとう。現役世代の眼前に将来の年金給付水準低下等の可能性を突きつけられると、やはり黙ってはいられないのである。


高幡 和也 宅地建物取引士
1990年より不動産業に従事。本業の不動産業界に関する問題のほか、地域経済、少子高齢化に直面する地域社会の動向に関心を寄せる。