来年1月11日に実施される台湾総統選挙の候補者選びが進む中、野党国民党の高雄市長韓国瑜が遂に名乗りを挙げた。
(関連拙稿)
・台湾総統選:郭台銘と韓国瑜が神経戦、民進党の2候補もフル活動
・最新世論調査に見る台湾総統選挙の動向
韓氏はこれまでに何回か行われた世論調査で常に高支持率を得ている有力候補だが、昨年11月に高雄市長に就いたばかりでもあり、その去就が注目されていた。
韓氏は1日に台北市内で行われた応援集会に雲林県の有力議員で夫の出馬に熱心とされる李佳芬夫人と共に参加し、総統選を「中華民国の生死を分ける戦い」とし、過去3年間の蔡英文民進党政権を批判しつつ、「中華民国のために粉骨砕身、いかなる重要な職務にも就く用意がある」と述べた。
さらに韓氏は、得意の経済に加えて外交で戦争を回避することを強調し、経済改革で成功した中国にゆかりのある3人のリーダーとしてシンガポールのリー・クアンユー、中国の鄧小平および台湾の蒋経国の名を挙げ、民進党とその政治家を下野させると述べて演説を締めくくった(自由時報)。
国民党は人気の高い韓氏を出馬させるために4月下旬の中央常務委員会で予備選方式を変更した。就任後半年も経たずに市長の職を投げ出すことへの批判を回避するべく、出馬を表明している候補者のみならず、党側が指名する候補者も加えて世論調査で決定する方式で、韓氏はそれに答えた格好だ。
国民党では鴻海精密のオーナーの郭台銘が出馬を表明した他、同党のサラブレッドである前新北市長の朱立倫も既に出馬の意向を示している。候補者決定は7月中旬の予定だが、世論調査で決めるとなれば話題性はあるが中国の影が濃すぎる郭台銘よりも、韓国瑜が選ばれる可能性が高いと筆者は考える。
一方の民進党も5月29日に次期総統選の公認候補予備選の方法を協議、世論調査の対象を携帯電話と固定電話各50%とする他、有力対抗馬と目される無所属の柯文哲台北市長と国民党の韓国瑜高雄市長との比較を調査項目に盛り込むことや政見放送を行うことなどを決めた。民進党も国民党の候補は郭氏ではなく韓氏とみているようだ。
当初4月10〜12日に世論調査、4月17日に候補者発表の予定だった民進党の候補者選びは、一旦5月22日延期され、今回また6月10~14日に世論調査となったので、結局当初予定から2ヵ月ほど遅れることとなった。筆者は早期の候補者決定は何も良いことがないと考えていたのでむしろ好ましいと思う。
出馬表明済の頼清徳は29日に今回の変更について「民進党設立以来前代未聞の悪例。すでに公布・発効していた規則をひっくり返した」と批判投稿をしていた。が、30日午前には「一夜の熟考を経て出馬の初心を思い出した。曲折によって怯まない勇敢に責任を負うという信念はさらに固まった。義憤を力に変えて一緒に党を明るく照らしましょう。一緒に台湾を明るく照らしましょう」と訴えた。
元来強固な民進党の地盤だが陳菊前市長の施政に飽きて韓国瑜を選んだ高雄では、やはり短期間で中央を目指す韓氏に批判が出ている他、蔡英文支持の筆者の友人などは「真ん中分け(頼氏)よりハゲ(韓氏)の方がマシ」とフェイスブックで頼氏を批判した。
頼氏は先月来日した時にも「周辺の国々と協力して…」といった趣旨を述べていた。が、周辺国といっても中国や朝鮮半島は箸にも棒にもかかるまい。ここは安倍総理のように「自由と民主主義と法の支配といった価値観を共有する国々」という語がスッと出て来ないようでは少々頼りなく名前負けだ。
一晩で思い直したとはいえ、台北のスマホ普及率が99%の台湾で、携帯電話の調査比率を上げることに文句をいうようでは頼氏も拙かろう。頼氏が強固な独立派の看板を総統選用に降ろしたことも、ガチの民進党支持派には不満要因かも知れぬ。民進党候補は蔡英文で落ち着くと筆者は思う。
もう一人の民進党候補の蔡英文総統は、4月に苗栗県の中学校が中国企業から給食費補助名目の寄付金60万元を受けとり、中国の統一工作の一環だと問題視されて返還した件に関し、国民党所属の同県県議が「統一工作など関係ない。金をくれる者を親と見なす」と発言したことを批判して存在感を示した。
が、その一方で蔡政権では、国民党の独裁政権下での人権侵害などの真相究明などを目指す「移行期の正義促進委員会」が先月30日に過去の有罪判決を取り消す対象者2006人の名前を公表した。その中には台湾民主化の要因の一つとなった1979年の高雄事件で逮捕され入獄した陳菊氏の名も含まれている。
また5月24日には昨年11月の国民投票で賛成の多かった同性婚を認める特別法が施行され、同性カップルの婚姻届の受け付けが始まった。何れも民主進歩の名を冠するリベラル政党の面目躍如だが、筆者から見れば前者は何やら韓国の積弊清算めくし、後者は行き過ぎと思われる。
ところで、2日に中国国防相がシンガポールで、台湾や南シナ海問題をめぐる米国の対応に「断固として反対を表明する」と述べて対決姿勢を鮮明にしたことが報道された。こうした中国の姿勢は民進党有利に働くが、前記のような民進党のリベラル過ぎる政策は国民党支持に向かわせる。
もう一人の有力候補柯文哲台北市長は26日、宮城県の石巻市や南三陸町を訪問し、復興状況を視察した。台湾からの義援金で再建された南三陸病院を訪れた医師でもある柯氏は、「この病院には台湾人の愛が詰まっているといえる」と述べ、また被災地食品禁輸には科学的な精神で解決されるべきとの考えを示した。
まだ出馬を表明していない柯氏について、5月12日の産経新聞は「台湾総統選、激しさ増す二大政党の候補選び 台北市長は埋没感」と報じた。が、筆者はむしろその逆で、中国も嫌だが行き過ぎたリベラルも勘弁、と感じる中道の者たちの受け皿となって漁夫の利を得る可能性があるのではなかろうか。
いつの間にか蔡英文 vs 韓国瑜 vs 柯文哲 で柯文哲勝利との予想になってしまった。選挙はまだ7ヵ月も先なのに。果たして結果はどうなるだろうか。
高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。