人生百年時代の資産形成アドバイザーは金融機関ではない

金融庁が6月3日に公表した報告書が批判の的となっている。人生百年時代の資産形成や管理について金融審議会の市場ワーキンググループで行われた議論の報告書なのだが、その中で、定年退職後夫婦とも無職の場合、年金をフルにもらっても生活費が毎月5万円不足し、30年間では約2000万円不足するという記述が問題とされた。

Twitterで将来の不安を訴える意見や、年金政策に対する批判などが拡散し、野党も反発をあらわにしたため、麻生副総理兼財務大臣兼金融担当大臣は7日の閣議後の記者会見で「あたかも赤字なのではないかと表現したのは不適切であった」と述べて、事態の鎮静化を図らざるを得なかった。

2000万円の赤字という具体的な数字が出れば、それが独り歩きして、様々な反響があることは容易に想像できる。金融庁は国民に危機意識を目覚めさせて、自力での資産形成の必要性を訴えたかったのだろうが、やり方がお人よし過ぎた。海千山千の役人であれば、政府の年金政策が批判されるような数字は、たとえそれが一定の前提条件を置いた上での試算であったとしても、絶対に書いたりしないものだ。

red machine/写真AC(編集部)

それはさておき、この報告書で金融庁が国民に、長寿化社会では自助努力による資産形成が必要であることを説こうとしたことは間違っていない。国民はゼロ金利や将来の年金不安を嘆くだけでなく、自分でできることは自分でやる必要がある。

20代30代の若い人たちは、リタイアまでに長い時間があるという優位性をフルに利用して、今のうちから少額でもいい、長期・積立・分散という資産運用の王道を歩んで将来への備えをするべきだ。

こういうことを言うとネット上ではすぐに「私達にはそんな貯蓄をするほどお金の余裕がない。庶民の生活苦がわかっていない。」といった反響が山のように返ってくるが、それでもできることはある。例えば毎日500円玉1個節約して資産形成に回すとすると、年利3%の半年複利で運用をしたら20年後には約460万円、30年後には約780万円が資産として残る。

また、高齢者も、もはや自分たちの資産形成は勝負あったと諦めてしまわず、現在の収入支出を見直し、最適な資産運用を行えばまだまだ改善の余地はある。なにしろ65歳で年金生活に入ったとして、85歳までには20年、95歳までには30年があるのだから。

しかし、現状は金融庁が熱心にNISA(小額投資非課税制度)、つみたてNISA、iDeCo(個人型確定拠出年金)といった税制上の優遇措置を用意して宣伝しても、期待したほどには利用者は広がっていない。また逆に高齢者の中には、老後資金を増やそうと焦るあまり、元本保証・高利回りをうたった詐欺に引っかかったり、為替リスクをよく考えずに高金利国の国債を購入したりする者も多い。

日本人の金融リテラシーの水準はまだまだ低く、この報告書が指摘するように、企業、役所、学校、各種団体などによるセミナー等を通じて金融リテラシーを向上させていかなければならない。また、同時にこの報告書が提言しているように、個々人に的確なアドヴァイスを提供できるアドヴァイザーの充実も必要不可欠なことだ。

ただし、この点に関して報告書は、「現状では、その(アドヴァイザーの)役割は本人に一番身近な金融機関などが担うことが想定される」としているが、私はこれには大きな疑問を感じざるを得ない。

これまでにも銀行が、預金者の利益を考えるよりも銀行にとって手数料などの利益率が高い保険や投資信託の購入を勧めたり、証券会社が顧客に投資信託の乗り換えを必要以上にさせて顧客の貴重な老後の資産を減少させるなど、様々な批判がメディアの上で溢れている。

これに対して金融庁は、金融機関に対して、顧客本位の業務運営をするようにと、いわゆる「フィデューシャリーデューティー」の実践を求めているが、金融機関も本音のところでは営利企業なので、顧客のことばかり考える訳にはいかないだろう。
アメリカでは、金融機関等から独立した立場で資産形成・管理のアドヴァイスをするファイナンシャルプランナーが活躍しているが、こうした立場の人間こそが個人の利益を最優先に考えるアドヴァイス役に適任だと思う。

ただ、残念なことにアメリカと違い、日本のファイナンシャルプランナーで金融機関の商品の販売や仲介手数料に頼ることなく、独立した立場で生計を立てている者はごく一握りしかいない。やはり日本人は、有益なアドヴァイスであっても形がないものにお金を払うことに慣れていないことが大きなネックだ。

私はこうした状況を打破する一つの方策として、企業による社員の金融リテラシー向上策の一環として、ファイナンシャルプランナーを講師に招いたり、逆に社員をファイナンシャルプランナーの団体のセミナーに派遣したりするのが良いのではないかと思っているが、いかがだろうか。

有地 浩(ありち ひろし)株式会社日本決済情報センター顧問、人間経済科学研究所 代表パートナー(財務省OB)
岡山県倉敷市出身。東京大学法学部を経て1975年大蔵省(現、財務省)入省。その後、官費留学生としてフランス国立行政学院(ENA)留学。財務省大臣官房審議官、世界銀行グループの国際金融公社東京駐在特別代表などを歴任し、2008年退官。 輸出入・港湾関連情報処理センター株式会社専務取締役、株式会社日本決済情報センター代表取締役社長を経て、2018年6月より同社顧問。著書に「フランス人の流儀」(大修館)(共著)。人間経済科学研究所サイト