6月6日の日本経済新聞は、「ごみ発電技術、東南アに輸出 環境省、海洋汚染や電力不足対策 10都市で計画」と大きく一面で報じています。その引用です。
環境省は大阪市や横浜市などの自治体、日立造船やJFEエンジニアリングなどの企業と協力し、東南アジアのごみ処理対策の支援に乗り出す。ごみ処理発電施設の輸出とともにごみの回収や分別、リサイクルや減量化などのノウハウも提供する。2023年度をメドにモデル都市として、約10都市に導入を働きかける。深刻な海洋汚染や電力不足の対策として、環境分野でのインフラ輸出を目指す。
南シナ海を取り囲む安全保障面で見た外交的な重要国ベトナム・インドネシア・フィリピンが選ばれたのは偶然ではないでしょう。よく練られたプランです。
いわゆるインフラ輸出の司令塔として、首相官邸に経協インフラ会議というのがあります。首相官邸・財務省・外務省・経済産業省・JICA・JBICで構成されていましたが、数年前に環境省がメンバーとして加わり、環境志向の高いインフラ輸出を主担するようになりました。
折しも時代は、ESG投資や、外部経済を含めて総合的に評価する手法が主流になりつつあり、環境省の役割がますます高まっています。日経新聞さんも朝刊一面に掲載して、相当な意気込みが感じられます。
ほんの2-3年前までは、原子力と超超臨界石炭火力発電輸出一色でしたから、日本政府の変わり身の早さには舌を巻きます。まさに君子豹変ですね。
しかもゴミ発電は、韓国がソウル郊外の仁川に大きなプラントを立てています。これは超大規模なランドフィールドという、いわゆるゴミの埋め立てで発生するメタンガスを人工的に作り出すとても環境に悪いが、一応バイオマス再生可能エネルギーに分類される発電と熱供給プラントで、国を挙げてそのプラントのアジアへの輸出に躍起になっています。
そこは国際空港にほど近く、温室効果ガス削減とアダプテーションのために、世界が国連に信託して作ったCOPの目玉、Green Climate Fundの事務局を、自国の拠出金は多額でもないのに、その高度な外交的力を駆使して誘致に成功して、スタッフの多くが韓国人となっているのですが、その事務局も仁川にあるので、多くの先進国・途上国政府高官をこの廃棄物プラントに呼び込んでプロモーションに余念がありません。
しかも、プラントの隣に植物栽培の温室を作って、小さな鉢植えをお土産に配って、「韓国はエコ重視してるんでよろしく」と、その営業力は本当に見習いたいです。周囲一面に異臭が立ち込めていることはホストには言わないのが、一宿一飯のおもてなしを受ける訪問者の礼儀です。ただ彼らは、短期的な利益の刈り取りに力点を置くので、長期的展望力は弱いきらいがあります。早速、国際環境NGOのWWFやメコンウオッチに目をつけられています。
一方、中国も、このゴミ発電分野では相当程度追いついていて、かつて日本が技術供与したプラントを内国共産党系企業が中国全土に建設してノウハウを蓄積してきました。今ではそこそこ良いスペックまで仕上がってきており、これを一帯一路の「グリーン投資」として格安(何せ政府系企業なので資金は無限にあります)でアジアに輸出しようとしています。新幹線と似たような構図です。
ところが、ゴミ発電というのは作るのは比較的簡単ですが、運転がノウハウの塊です。特に、東南アジアのゴミは日本同様水分が多い(中国のそれはパサパサ)ので、ベルトコンベアによく巻き付きます。これを防止したり、水を飛ばして上手く燃焼させるのは高度な熟練の技が必要で、日本の自治体が何十年近くの運転で身につけたそれを、一朝一夕に真似できるものではありません。
かつては、アジア新興国も多少スペックが劣っても、初期コストが安いインフラを選びがちだったのですが、「安かろう悪かろう」は割に合わないと理解し始めています。
この潮目の変化を見て、アメリカ商務省が、オバマ政権の時代から、「ライフサイクルコスト」(初期コストだけではなく、寿命全体のコストを見る)を国際標準にしようと世界銀行やアジア開発銀行に猛烈なロビーを仕掛けていて、ほぼ国際コンセンサスが形成されています。
多国間交渉が嫌いなトランプ大統領も、貿易不均衡の是正につながるこの動きは大歓迎のはずです。もちろんそれは我が国にとっても良いことですので経済産業省を中心に米国商務省との足並みをそろえています。安全保障は何も軍事力だけでは無いのです。自国の企業を必ずしも利さないEU諸国は、やや距離を置いている印象ですが。
さらに、新幹線ほど派手ではないので日本ではあまり注目されないゴミ発電ですが、これは電力・熱供給・上下水道というセクターにまたがり、都市開発の要となるキラーコンテンツです。なので、環境汚染に悩むアジアのメガシティにこれを売り込むことができれば、都市インフラ全体が握れることに繋がります。相手国民にとっても、日本政府にとっても、日本の民間企業にとっても、「三方よし」なのです。
ゴミ発電所を所有する各地の地方自治体も、これに呼応して、新興国との都市間連携に余念がありません。例えば北九州市は、新日鉄などによる大気や海の汚染を市民主導で克服した成功体験を、訪れた新興国政府高官に共有して、好評を博しています。
その中でも、特に横浜市は、アゴラでもおなじみの中田宏氏が市長時代に打ち出した、民間企業と手を組んだ戦略的な途上国外交戦略が、氏が2009年に市役所を去って10年も経つのに、今もそのDNAが市役所全体に浸透しています。
フォルクスワーゲン東京社長を務めたバリバリの実業家である林文子現市長がそれをさらに進化させて、みなとみらい地区にあるパシフィコ横浜を拠点に、戦略に磨きをかけて、世界自治体外交のトップランナーとなっています。
ちなみに2年前のアジア開発銀行の50周年記念総会が、パシフィコ横浜で林市長ホストの下で開催され、麻生財務大臣が、中国を念頭に、いわゆる「質の高いインフラ投資」をぶち上げたのも決して偶然ではないでしょう。
インフラもハードではなく、こうしたノウハウ共有や持続可能性などのソフト面に力点が移りつつあり、人の安全保障を具現化しつつあります。令和の時代を迎え、ようやく公正な競争によるインフラ輸出を実現できる環境が整ってきました。
株式会社電力シェアリング代表 酒井直樹
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