安倍首相が伊藤博文の在任日数を抜いて歴代3位になったとのこと。
お札の肖像にまでなった憲政史に残る初代首相を抜くということだからただ事ではない。近年だけ考えても短命の政権が続いた時期も少なからずあったのだ。安倍首相が支持される理由は様々あるだろうが、まずは国民が「悪夢の」民主党政権の残像にこりごりしている反動や、自民党内に強力なライバルがいないことなど外部要因が考えられる。
だが何よりは、第一次安倍政権を不本意ながら1年という短命に終えざるを得なかった痛恨を自らの政治的使命感に昇華させての気迫が、政治家としての説得力につながっているのではないかと感じる部分が多い。一度目の政権終了の2007年9月から第二次安倍政権が始まった2012年12月までの5年余りの時間、実力を養いながら時を待つ期間を「雌伏(しふく)」というだろう。だが安倍首相を理解すべきときには、さらにもうひとつのキーワード「凝念(ぎょうねん)」という言葉が思い浮かぶ。
「成蹊」育ちの意味するもの
学生時代は「学歴で人はわからない」などと青臭くもうそぶいていた私だが、社会人になりその人となりを切実に理解する必要に迫られると、他の多くの属性に比べて「学歴」や「出身校の校風」による人物の推量がやはり何よりあてになることを経験的に体感することとなった。特に、卒業生の多くない学校出身者に共通する気風はより濃厚と感じている。
(秋月過去記事「眞子様、佳子様 “ICU”卒業生に感じる芯の強いリベラリズム」)
安倍首相は小学校から大学まで「成蹊学園」で過ごした、生粋の成蹊ボーイである。実は、東京に生活していてさえ「成蹊」と言われてもピンとこない人も多いはずだ。非常に大規模な大学とは言えない。学部の在籍者数7,499人というのは、例えば最大規模の日本大学68,069人や早稲田の41,051人、慶應の28,643人と比べるとかなりこじんまり感じる。(大学広報資料2018年、慶應のみ2019年)
特色としては、大正自由教育の旗手 中村春二が1906年(明治39年)に学生塾として「成蹊塾」を開設し、日本伝統の僧堂教育に基づく理念を掲げたところからも分かるように、非常にインティメイトで私塾的な雰囲気。そして、三菱の総帥 岩崎小弥太と今村繁三という実業家が支援したという、経済面での安定感と実業界との親和性の高さ。
私は、たまたま成蹊学園創設期を映像化した作品を見たことがあるのだが、中村春二が子供たちの真ん中にいつもいて、文字通り裸の付き合いで一緒になって朝から晩まで一緒に過すという姿にはやはり真の教育者を見るようで感動したものである。
(参照:成蹊学園サイト「創立者中村春二と岩崎小弥太・今村繁三」)
現代の成蹊は、卒業生の中井貴一さんや、高島彩さんを見ても感じるように、どこか都会的でスマートな雰囲気がある。そして、立地する吉祥寺という街が象徴するような、戦後開発されて多くのサラリーマンが住んだ東京西部の武蔵野台地の文化を色濃く感じるものでもある。まして、下から成蹊ともなれば、近隣の安定し少し余裕のあるサラリーマン家庭の子弟が、受験勉強にあくせくせず、おおらかに育つという印象がある。
決して偏差値的な物差しではトップ校ではないだろう。MARCHに次ぐぐらいの偏差値、要は60前後という評価が多いだろうか。
偏差値エリートの政治家に“人物”がいない仮説
海外への留学経験者含めて、現代の国会議員で高偏差値な学校出身者は非常に多い。一方で分母が大きいこともあるのだろうが、高学歴の政治家に期待ほどの人がいないと感じてしまう事例にもこと欠かない。
一番わかりやすいのは、高偏差値を究めるメンタリティのまま、国会議員にまでなり、一軸の上昇志向の視点から万物を見下す症候群。「この、ハゲェ」で有名な豊田真由子氏(桜陰、東大文1、厚生省、ハーバード修士)などは、このタイプだろう。
もう少し込み入った症例で言えば、鳩山兄弟、福島瑞穂氏や、片山さつき氏のような学生時代神童レベルに勉強ができた人なのだが、政治家という全人格的な取り組みで、ここひとつ説得力に欠ける人々。さらには舛添要一氏なども、東大法学部で学士助手という極めて優秀な卒業生のみが指名を受ける制度の対象者だったわけだが、あの体たらくだったわけである。
もちろん、中には勉強もできる上に人格的にも立派な政治家の方もいることだろうが、やはり「選良」という期待感をもって高偏差値な政治家を見たときに物足りなさを感じる場合が多いのもまた事実なのである。
「凝念(ぎょうねん)」に鍛えられた、安倍総理
そう、安倍首相はこれら偏差値シンドローム国会議員とは一線を画す経歴ではあるのだ。もちろん親も総理の椅子にあと一歩までいった大物政治家、母方の祖父は岸信介、大叔父に佐藤栄作を持つ氏のことだからこそ最高の学歴がなくても総理までなれたのだとも言えるだろうが、東大法学部卒業の高級官僚に囲まれてバカにされずに長期政権を張っていくのに、華麗な閨閥だけでは通らないだろう。
そう、安倍氏の場合、偏差値的なエリートでないことが、程の良さや、良識のある性質として伝わってくる部分があるのである。あくなき上昇志向と一線を画すバランス感覚、適温感とも言えるかもしれない。
成蹊学園に特有の精神集中法に「凝念(ぎょうねん)」というものがあるとのことである。念を凝らす、つまり集中する行為で、座禅の一部を取り入れたものであるそうだ。
小学生の頃から「成蹊学園」で「凝念」に取り組んだだろう安倍首相。歴代3番目に長く安定した政権を維持できるだけの説得力ある人格は、「成蹊学園」の教育で育まれたものであるだろうし、そんな総理大臣を輩出したことを「成蹊学園」は誇りに思う資格が十分あると言えるだろう。
秋月 涼佑(あきづき りょうすけ)
大手広告代理店で外資系クライアント等を担当。現在、独立してブランドプロデューサーとして活動中。ライフスタイルからマーケティング、ビジネス、政治経済まで硬軟幅の広い執筆活動にも注力中。
秋月涼佑の「たんさんタワー」
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