年金問題:スマホの料金体系、NHKの経営問題との共通点 --- 井上 孝之

寄稿

私は4人家族(妻と二人の息子)で、私、妻、二男の3人は格安スマホの3人分パックを使っていて、利用料金は3人分で月に5000円(スマホ本体代金は含まない)です。これに対して、長男はi-Phoneが欲しいと言い張ったので、一人だけ大手キャリアで利用料金は一人で7000円(スマホ本体代金も含む)ぐらいです。

編集部作成コラージュ

私は物好きなので、2年おきにキャリアを乗り換えの手続き(窓口で2時間ぐらい拘束されて長い説明を聞かされる)も苦にならず、乗換のたびに最新のi-Phoneを手に入れています。契約時に強制的に加入させられるオプションもきっちりと解除しているし、2年後の契約変更のタイミングもしっかりとメモしていますが、このような対応をやる人は世の中にはそうはいないと思います。

このような経験をもとに、「大手通信キャリアはなぜ高収益なのか?」という問いの答えを私なりに出すとすれば、「スマホのような生活必需品の料金体系を複雑にすれば、多くの消費者は思考停止に陥って、不満を抱えていても、高い料金を支払い続けているから」ということになります。
(これから制度変更が行われて、この方法は続けられないかもしれませんが…)

このことは年金制度でも同じことが言えると思います。つまり、「制度を複雑にすれば、多くの人は思考停止に陥る」ということです。

そして、このことは多くの人にとって都合がいいということになります。

1. 官僚にとって
制度を正しく理解して批判してくる人は少ないので、見当違いな論点で批判してくる人がいても、「制度を正しく理解してから、批判してください」と言えば、批判をかわすことができます。

2. 与党政治家にとって
支持者に「真面目に誠実に説明させていただきます」と言って、誠心誠意、難しいことを分かりやすく説明するふりをすれば、たとえ中身が理解されなくても、「よく分からないけど、できる範囲ことはやってくれている」というプラスの印象を与えることができます。

また、制度が分かりにくいということは、誰にとって損なのかがはっきり分からないので、誰からも好かれたい政治家にとっては好都合です。

3. 野党政治家にとって
最初っから政権を取るつもりはないので、ピント外れなことを主張しても問題ありません。とにかく頭の悪い有権者を焚き付けて騒動を起こせば、「与党と闘っている」というスタンスをアピールすることができて、与党に投票するつもりがない人の票を固めることができます。

4. マスコミにとって
年金の問題が浮上するたびに、「政府が分かりやすく説明しないから多くの生活者は不安に陥っているのだ」と批判することができます。

また、池上彰さんのような詳しく解説する系の人は半年おきに年金の特集をやっても視聴率が取れます。ほとんどの人は半年前の年金の説明なんか覚えていないからです。

5. 自営業者にとって
サラリーマンが支払った保険料を自分たちの年金として受け取ることができます。

6. サラリーマンにとって
本当は一番のカモにされているわけですが、牙を抜かれて戦う気力もありません。そもそも給料天引き分は最初から無かった金だと思っているので、気が付かないうちに給料天引き分が増えていたとしても、腹も立ちません。

「怒れよ、サラリーマン! こんな不理不尽な制度を許していいものか!」と立ち上がったところで、「お前ひとりで頑張れ。しょうもない運動に巻き込むな」と言われるのが関の山です。戦っても勝てない戦いに参加するぐらいなら、「給料天引き分のお金はもともと無かった」と思い込んで、気が付かないふりをした方がマシです。

ちなみに、私もサラリーマンの端くれですが、私にできる最大限の抵抗はアゴラに自分の意見を投稿することと、ふるさと納税を最大限に使うことぐらいです。

7. 若者にとって
国民年金保険料を支払わないことが合理的な選択かどうかはともかく、今月の16,410円を支払わない自分を納得させるためには、「どうせ自分が受け取るころには年金は破綻している」という都市伝説を信じていられることが必要です。もし、はっきりと「支払わなければ損」ということが分かってしまうと、強い罪悪感を感じながら生きなければなりません。

8. 年金を研究する研究者にとって
研究者にとっての最大の恐怖は問題が解決されてしまうことですが、年金の問題は永遠に解決されないので、年金の研究者として一生食っていけます。

一見すると理不尽に見える仕組みですが、その仕組みがずっと続いているのは、池田信夫さんがNHKの経営問題で指摘したことと同じで、「分解してみると、その仕組みの方が関係者全員にとって得だから」ということになります。

結局、全員にとって都合がいいので、将来に亘って何も変わらないということになります。

もし、変わるタイミングが来るとすると、カモにされているサラリーマンが我慢の限界に達して、「怒れよ、サラリーマン」という呼びかけに応える日ということになると思われますが、そもそもカモにされていることに気が付いていないのだから、その日は相当先に先になると思われます。

井上 孝之
いくらサラリーマンがカモにされているからといって、独立して自営業者になる勇気のない技術系サラリーマン。内藤忍さんや城繁幸さんがうらやましい。個人ブログ

【おしらせ】「年金」に関する論考を募集中です

官邸サイトより:編集部

2019年6月後半の緊急公募原稿のテーマは「年金」です。参院選が近づく中、「老後資金に2000万円が必要」とした金融庁の報告書を巡って、政局が緊迫してきました。政権与党が守勢に回る場面が目立ちますが、野党も現実的な対案を持っているようには思えません。

参院選で「争点」に浮上しつつある年金問題。あなたのご意見をお寄せください。

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