スポーツ選手の移籍制限と独占禁止法

公正取引委員会は6月17日、「スポーツ事業分野における移籍制限ルールに関する独占禁止法上の考え方」を公表した(以下、「考え方」とする。なお本論考にける引用箇所はすべて「考え方」からのものである)。これは公正取引委員会開催の「人材と競争政策に関する検討会」の報告書(2018年2月15日公表)が人材の獲得をめぐる競争への独占禁止法の適用を示唆したことを受けて、その応用編として公正取引委員会がとりまとめたものである。

同報告書の公表後、「独占禁止法上問題となり得る具体的行為や慣行が存在するかどうかについて実態把握」を行う中で「スポーツ事業分野では、スポーツ統括団体が移籍制限ルールを定めている事例があることが認められた」という。

この報告書は、人材としての芸能人(の活動に制限を課す芸能事務所や関連団体)への適用が示唆されたことで話題となったが、もう一つの注目の的はスポーツ選手とスポーツ界である。

acworks/写真AC(編集部)

独占禁止法の違反主体は主として事業者(あるいは事業者団体)であり、スポーツ事業分野における各チームやスポーツ統括団体はこれらに当たり得る。ではその活動が制限される選手側の属性に独占禁止法上の限定はあるか。

不当な取引制限規制のように特に限定しないもの(複数事業者の合意に基づく競争制限)、取引拒絶規制のように「事業者」とする場合、(「考え方」の射程ではないだろうが)優越的地位濫用規制のように「継続して取引する相手方」(あるいは「取引の相手方」)とする場合、そして拘束条件付取引規制のように「相手方」としつつ拘束される対象を「その事業活動」とすることで実質「事業者」に限定するもの、さまざまである。

ただ、スポーツ選手が事業活動をしている(すなわち事業者)と考えるならば、スポーツ統括団体によってなされる選手の活動の諸々の制限が、これらの規制の対象となると考えることについて然したる障壁はない(非事業者を事業者に読み込むことはできないが、相手方には事業者は当然に含まれる)。

問題は、スポーツ統括団体による選手への制限のうち、具体的にどのような行為が独占禁止法に違反するかである。「考え方」では「独占禁止法は、公正かつ自由な競争を維持・促進することにより、消費者利益の確保や経済の活性化を実現しようとするものであ」り、それはスポーツ事業分野についていえば「選手獲得におけるチームの自由な活動等が適切に確保されることによって、スポーツファンのみならず消費者全般の利益が達成されるということ」だとしつつ、以下の考え方を示している(一部省略)。

一般に、競争関係にある複数の事業者が、共同して、人材の移籍や転職を相互に制限・制約する旨を取り決めることは、原則として独占禁止法違反となる。また、事業者団体が当該取決めを設ける場合も同様である。

スポーツ事業分野において移籍制限ルールが取り決められる場合は、チーム間の選手獲得競争が停止・抑制され得るとともに、その結果、選手を活用したスポーツ活動を通じた事業活動における競争も停止・抑制され、また、事業活動に必要な選手を確保できず新規参入が阻害されるといった弊害が生じ得ることとなる。

他方、スポーツ事業分野において移籍制限ルールを設ける目的には、主に以下の2点があるとされている。

① 選手の育成費用の回収可能性を確保することにより、選手育成インセンティブを向上させること

② チームの戦力を均衡させることにより、競技(スポーツリーグ、競技会等)としての魅力を維持・向上させること

この点、スポーツ統括団体が(又はチームが共同して)定める移籍制限ルールは、上記①又は②の面で競争を促進する効果を有する場合もあり得る。

結論として、移籍制限ルールについては上記の弊害が生じるからといって直ちに独占禁止法違反と判断されるのではなく、「それによって達成しようとする目的が競争を促進する観点からみても合理的か、その目的を達成するための手段として相当かという観点から、様々な要素を総合的に考慮し、移籍制限ルールの合理性・必要性が個別に判断されることとなる」としている。

公正取引委員会がスポーツ事業分野における移籍制限にこれまで手を出せなかったのは、「移籍制限ルールの合理性・必要性」の壁があったからであり、結局、「具体的なルールの内容や実態に即して個別に判断されるものである」としてしまったのであれば、それは示唆的な指針にはならないようにも思われる(唯一提示されたのが、「移籍や転職を無期限に制限・制約するルール」の問題性のみである。ただ、この問題をめぐる「思考回路」を示しただけでも前進ではある)。具体的なケースの集積はこれからである。

公正取引委員会は「独占禁止法に違反する行為が認められた場合には厳正に対処することとする」としているが、一方で「各スポーツ統括団体等において、現行又は検討中の移籍制限ルールについて自主的な見直しを行い、必要に応じて改定を行うなどの取組を期待する」ともしている。仮にメジャーなスポーツ団体による諸制限に公正取引委員会が法律のメスを入れるとなると、紛糾するのは必定であろう。

「選手の育成費用の回収可能性を確保することにより、選手育成インセンティブを向上させること」「チームの戦力を均衡させることにより、競技(スポーツリーグ、競技会等)としての魅力を維持・向上させること」を諸制限の正当化要素として認め、問題をその「合理性・必要性(の有無)」に持ち込んでしまった(それは正しい)以上、その線引きに悩むであろう(それは独占禁止法違反が疑われる行為に対する正当化問題一般に通じるものである)。

「考え方」では多少の考慮要素を示してはいる(下記「移籍制限ルールの合理性・必要性に係る考慮要素」参照)が、結局、「無期限の制限・制約」以外はグレーのままで放置されてしまうかもしれない。「考え方」を示しておきながら、それも「原則違反」を謳いながらも、問題がある実態に手を付けないとなると、それが規範として定着してしまうかもしれない。スポーツ選手に対するチームや団体による活動の制限はさまざまであり、候補となる違反類型も多岐にわたる。今後この「広がり」にも注目したい。

公正取引委員会は、芸能界への対応も併せて「結果にコミット」できるか。

<参考> 移籍制限ルールの合理性・必要性に係る考慮要素

楠 茂樹 上智大学法学部国際関係法学科教授
慶應義塾大学商学部卒業。京都大学博士(法学)。京都大学法学部助手、京都産業大学法学部専任講師等を経て、現在、上智大学法学部教授。独占禁止法の措置体系、政府調達制度、経済法の哲学的基礎などを研究。国土交通大学校講師、東京都入札監視委員会委員長、総務省参与、京都府参与、総務省行政事業レビュー外部有識者なども歴任。主著に『公共調達と競争政策の法的構造』(上智大学出版、2017年)、『昭和思想史としての小泉信三』(ミネルヴァ書房、2017年)がある。