『内閣情報調査室』と『官邸ポリス』への違和感(特別寄稿)

潮 匡人

「公安警察、公安調査庁と三つ巴の闘い」とのサブタイトルがついた新刊『内閣情報調査室』(幻冬舎新書)が話題を呼んでいる。5月末日発行ながら、早くも重版。6月15日に第二刷が発行されている。著者は元NHK報道局ディレクターで、民放テレビ局に移籍した今井良。冒頭こう書き始める。

内閣総理大臣官邸には、職員から「火・木の紳士」と呼ばれる人物がいる。(中略)ある報道機関の2017年のまとめでも総理大臣との面会の回数が最も多かったのが、この内閣情報官だったのである。(中略)この紳士は只者ではない。(中略)内閣情報官は、日本が世界に誇る情報機関「内閣情報調査室」のトップに他ならない。(中略)在任して7年余り。北村は内閣情報官として日々、安倍に国内外のさまざまな情報を報告し続けている。

本文の最後も「北村内閣情報官に引き続き注目が集まっている」と締める。表紙カバーに巻かれた帯にも「K内閣情報官の謎!」。北村情報官に始まり、北村情報官で終わる、北村情報官を描いた新書となっている。

北村情報官(内閣官房HPより:編集部)

克明に取材した跡が伺われ、読み応えもあるが、首を傾げざるを得ない箇所も散見された。たとえば以下のくだり。

筆者は関係者を通じて、中国共産党が日本に潜伏しているスパイに対して発信した「対日工作指令書」の概要を入手した。/指令書のタイトルは「日本解放工作要綱」となっている。(中略)筆者も衝撃を受けたのが「解放工作組の任務」の記述で「日本人民民主共和国の樹立」とはっきり記されている。

これが事実なら、日本として看過できない。指令書が漏洩した経緯も問題となろう。すくなくとも「関係者」は関係法令に触れる蓋然性が高い。はたして本物の「指令書」なのか。かなり怪しい。

「ロシアスパイに取り込まれた陸上自衛隊元総監」に関する記述にも疑問を抱いた。当局の見解が代弁されているが、ロシア側に提供された当該陸自教範の秘匿性は低い。そもそも立件に値する事案であったのか、疑問が残る。

「公安調査官自らが組織内部に潜入を試みることはない」とも断定しているが、某団体に長く潜入していた現役の公安調査官と私は親交がある。今井が何を根拠に書いたか知らないが、事実に反する。同様に以下の記述にも戸惑う。

「大森室長が最も深くコミットしていたのは大手出版社の月刊誌編集幹部だった。(中略)つまり内調によるマスコミ世論操作をはじめて行ったのが大森室長だったんだ」(内調関係者)

最後の丸括弧を含めた引用だが、「関係者」が現役職員以外を指すなら、いただけない。私は大森義夫室長に加え、「大森室長が最も深くコミットしていたのは大手出版社の月刊誌編集幹部」とも親交があり、両名を含む研究会の幹事を仰せつかっていた。研究会メンバーには現役の内閣情報調査室員もいる。「関係者」に聞くまでもない。当該研究会を含め「内調によるマスコミ世論操作」というのは針小棒大に過ぎよう。

官邸サイトより:編集部

最も違和感を覚えたのは、話題作『官邸ポリス 総理を支配する闇の集団』(講談社)に関する記述である。
「内容のほとんどが、実際に報道された出来事を題材にしている」、「リアリティあふれる内容の数々」など肯定的に紹介した上で、著者「幕蓮(マクレン)」の正体を詮索する。

たしかに同書の目次を見ると、「第4章 御用記者の逮捕状」、「第5章 夜も街を彷徨う事務次官」、「第6章 奔放な総理夫人の後始末」、「第9章 霞が関セクハラ地獄」など、ノンフィクションを思わせる。作中の多部総理は誰の目にも安倍総理と映る。宣伝文句も「元警察キャリアが書いたリアル告発ノベル!!」。

ならば、その著者「幕蓮」とは何者なのか。講談社によれば、著者は「東京大学法学部卒業。警察庁入庁。その後、退職」。今井の新書によると、内閣情報調査室が「警察庁の途中退職者をチェック」、「5年以内の退職者から疑いのある3人が早々にリストアップされた」という。

1人目は1996年入庁のKである。

――「小説家」云々の記述から、関係者なら、Kが「古野まほろ」とわかる。ちなみに今井本の巻末には、同じ幻冬舎新書の広告が掲載されており、そこに古野の『警察用語の基礎知識』が登場する。なんとも興味深い。

2人目は1995年入庁のAだ。警視庁交通総務課長としての出向時に一般女性との不倫が週刊誌に報じられる(以下略)

――これも、関係者にはAが阿武孝雄とわかる。

3人目は1991年の入庁のY。警視庁広報課長を務めるなど長官・総監レースの先頭を走っていたが(以下略)

――同様に、Yの実名も関係者には用意に推知できる。その上で井上新書はこう書いた。

徹底した調査の結果、内閣情報調査室では3人のうち、Yとゴーストライターを「チーム幕蓮」とみており、現在も監視下においているという。

そのYと私は30年来の親交がある。ゆえに、内閣情報調査室の調査結果が正しいなら、その「ゴーストライター」は私の可能性が高い(笑)。というのも、私の第一作は講談社から出版した小説『アメリカが日本を捨てる日』。私が有力政治家や超有名作家のゴーストライターを務めてきたことは業界周知。加えて同書の「制服組は制服組でお互いに組んで」云々のセリフは、かつてY警視に制服組(自衛官)の私が語ったセリフと瓜二つ。

望月記者(FCCJ動画より)

もちろん、Yも私も「チーム幕蓮」などではない。今回ネット検索をして気づいたのだが、東京新聞の望月衣塑子記者が「リアル告発”総理を支配する闇集団”の実態 東大卒・元警察キャリアの問題作」と題し、連載記事で「著者インタビュー」しており、著者の(顔を隠した)身体写真も掲載されている(PRESIDENT 2019年3月18日号)

望月によると、「著者の幕蓮氏は、元警察庁職員。震災後の政権の混乱を見ながらメモを書き溜め、10人ほどの官僚たちに取材。1年を費やして書き上げた」らしい。Yにかぎり、そんなことはしない。写真に映る身体特徴とも一致しない。

『官邸ポリス』には、「(前略)米国大統領は、多部総理を最大の友人と言いながら、最近は一切アドバイスを聞こうとしない状態だ。正直、拉致なんかに興味を持っていない(後略)」とのセリフも登場するが、米朝首脳会談での対応に加え、先日の米大統領来日時の拉致被害者家族との面談や家族への手紙等々の事実に反する。いわゆる「救う会」の会長、副会長、事務局長と親交を持つ私なら、けっして書かないセリフだ。

これ以上、つまらぬ誤解が拡散しないよう、あえて筆を執った次第である。


潮 匡人  評論家、航空自衛隊OB、アゴラ研究所フェロー
1960年生まれ。早稲田大学法学部卒。旧防衛庁・航空自衛隊に入隊。航空総隊司令部幕僚、長官官房勤務などを経て3等空佐で退官。防衛庁広報誌編集長、帝京大准教授、拓殖大客員教授等を歴任。アゴラ研究所フェロー。公益財団法人「国家基本問題研究所」客員研究員。NPO法人「岡崎研究所」特別研究員。東海大学海洋学部非常勤講師(海洋安全保障論)。『日本の政治報道はなぜ「嘘八百」なのか』(PHP新書)『安全保障は感情で動く』(文春新書・5月刊)など著書多数。