FRBのパウエル議長はトランプに忖度した

有地 浩

アメリカのFRBは18~19日のFOMC(公開市場委員会)で、政策金利誘導目標を現状の2.25~2.50%に据え置くことを決め、同時に貿易摩擦などの世界経済の不確実性の増大に対応するために年内に最大0.5%の利下げを行う可能性も示唆した。

トランプ氏とパウエル氏(The White House/flickr)

FRBのパウエル議長は、トランプ大統領からの再三の利下げ圧力の中で、金利を据え置くことで、ぎりぎり中央銀行の独立性を維持する姿勢を見せたといえよう。ここで金利引き下げを宣言してしまうと、おそらく株価は急騰しただろうが、アメリカは金融政策の独立性を放棄したと世界から見られて、ドルに対する信認が低下し、大幅なドル安が生じていたにちがいない。

しかし今回の決定を全体として見れば、年内の利下げをほぼ約束したようなものなので、やはりパウエル議長はトランプ大統領の利下げの風圧に屈したといえよう。なにしろ、FOMCの決定の1日前には、トランプ大統領が今年2月にパウエル議長を解任する方策を法律顧問に検討させていたというニュースが流れるなど、パウエル議長への圧力は最高に強まっていた。

パウエル議長はトランプ大統領のツイッターでの批判に対して、これまで何度もFRBは景気拡大の維持に配慮しており、必要があれば適切な行動をとると言っていたが、大統領は聞く耳を持たなかった。

雇用統計など経済指標は依然として経済が拡大基調にあることを示しており、ここで年内の利下げを約束する理由は見当たらない。理由があるとすれば、株価が中国との貿易摩擦などを懸念して不安定になって来ている中で、来年の大統領選挙での再選のために、トランプ大統領としては株価の上昇が絶対に必要だということだ。しかし、金融政策は株価を維持するためにあるのではない。

知る人ぞ知ることだが、アメリカのFRBは世界の中央銀行の中でもその政策目標に物価の安定(言い換えれば通貨価値の維持)だけでなく、最大雇用を据えている。どこの中央銀行もその国の景気が悪くなり失業者が増えることを望んで金融政策を運営してはいないが、場合によっては景気を冷やすことになる政策を取る必要も出てくる。

しかし、アメリカのように景気の維持・回復を通じて最大雇用を実現することを明記してしまうと、いかなる場合であっても景気の拡大を求める声に配慮せざるを得なくなるという弊害がある。

そもそも中央銀行制度は、政治によって通貨価値が損なわれるのを避けるために、18世紀から20世紀の前半まで長い年月をかけて通貨の番人の地位を確立してきた。特に19世紀になると古い歴史を持つスウェーデンーデンのリスクバンク、イギリスのイングランド銀行、フランスのフランス銀行などに加えて、インフレや金融恐慌に対処するために新たに中央銀行を作る国も出て、主要国の間で中央銀行制度が広まった。日本も松方正義がフランスの大蔵大臣のレオン・セーのアドヴァイスを基に、ベルギーの中央銀行をモデルに1882年に日本銀行を設立している。

一方、アメリカのFRBはやっと20世紀に入って、政治家の反対論も強い中で1913年にできたいわば新参者で、かつ変わり者なのだ。そのFRBの政策の動向に世界が振り回されるというのは、単にアメリカ経済とドルが世界の中心になっているからなのであって、FRBのやり方が、例えばイングランド銀行や欧州中央銀行(ECB)より優っているかといえば、私は疑問に思う。

それはさておき、このFRBの決定はトランプ大統領にどう受け止められただろうか。ニューヨークの株価は19日はダウ平均株価は前日比38ドルあまりのプラスと、わずかな上昇にとどまった。市場にすれば、やはり7月にも予想されるFRBの実際の金利引き下げがないと不満なのだろう。おそらくトランプ大統領もこの市場の反応と同じ気持ちを持っていると思う。

FOMCの発表の前日に、トランプ大統領と習近平主席が電話で会談し、大阪でのG20の際に会談を行うこと、そしてそのために19日から両国の実務者間で協議を再開することが報じられたが、市場はこちらの方には大きく反応して、ダウ平均株価は前日比353ドル高となっている。

FRBはトランプ大統領に忖度して7月には金利を引き下げるのだろうが、これでこの後アメリカの通貨の番人はどうなってしまうのだろうか。

有地 浩(ありち ひろし)株式会社日本決済情報センター顧問、人間経済科学研究所 代表パートナー(財務省OB)
岡山県倉敷市出身。東京大学法学部を経て1975年大蔵省(現、財務省)入省。その後、官費留学生としてフランス国立行政学院(ENA)留学。財務省大臣官房審議官、世界銀行グループの国際金融公社東京駐在特別代表などを歴任し、2008年退官。 輸出入・港湾関連情報処理センター株式会社専務取締役、株式会社日本決済情報センター代表取締役社長を経て、2018年6月より同社顧問。著書に「フランス人の流儀」(大修館)(共著)。人間経済科学研究所サイト