事例研究:毎日新聞の巧みなレトリック技法に学ぶ

田村 和広

毎日新聞による戦略特区報道が続く。6月21日には「加計でも「非公式」審査」という見出しの記事を1面トップに掲載し、念願の森友・加計問題まで論点を伸ばしたものの、読み難い文面からは焦燥感さえ漂う。

毎日新聞(21日付)

記事掲載当日、アゴラに戦略特区ワーキンググループ(以下WG)座長代理の原英史氏の反論が掲載された。「毎日新聞は新聞の矜持を取り戻せ」(アゴラ21日)という表題は、もはや激励文にしか見えないが、御本人の明解な文章によって、毎日側がせっかく漕ぎ着けた論点もすっかり説得力を失ってしまった。

当該記事に関する検証は原氏による反論で完結しているので、今回は記事で使われているレトリックの技法に焦点を当てて学習したい。(ただし、あくまでも記事を読み公開情報を確認しただけの愚見の開陳に過ぎない。)

【印象操作】ミスリードを誘う「言葉の黒魔術」

「加計でも「非公式」審査」

このような1面トップの見出しで、いきなり読者に錯覚を起こさせている。あまりに技巧的過ぎて「虚言」に近い。見出しに続くリード(前文)および記事本文からは、見出しの意味がほとんど読み取れないのだ。なお、ここで使った「言葉の黒魔術」とは「報道内容である記事とは乖離が激しい見出しを付与して印象操作した」という意味である。

【強引な言い換え】見出しと記事本体の差異分析

見出しにおいて凝縮された意味を復元して、精読すると以下の通りである。

  • 「加計でも」…加計学園の特区を利用した獣医学部新設計画の選定過程でも
  • 「『非公式』審査」…いわゆる非公式という不透明な手法で審査が行われていた

一方リードと本文を整理すると見出しに相当する部分は以下の通りである。

  • いつ…2016年11月1日
  • どこで…「関係省庁」である文部科学省及び農林水産省の二省でばらばらに
  • だれが…原英史座長代理と農水省の担当者3名、又は文科省の担当者(人数不明)が
  • なにを…打ち合わせを
  • なぜ…本音を話せる環境で情報共有をするために
  • どのように…非公式なヒアリング形式で

行った、という報道である。

一応事実を整理すると、WGは特区による申請を推進する側であり、申請された計画を審査及び認可するのは関係省庁側である。これは原英史氏が丁寧に説明している。

差異1:記事によれば「非公式」なのは「ヒアリング」だが、見出しでは「審査」に書き換えられている。

差異2:記事によればWG原英史氏は「非公式にヒアリング」しただけだが、見出しでは「WGが省庁を審査した」ということになる。これでは審査する側とされる側が倒置している。あるいはWGと省庁が一体で審査をしたことになるが、その意味であれば記事を書いた側が審査の主体を誤解している。

見出しを付けた整理部員は否定するだろうが、読者には「やはり加計学園には、WGと関係省庁が結託して不公正・不透明な審査を行っていたのかもしれない」という印象を与えている。

【不正確な引用】WGの非公表判断基準

リードには、WGが非公表とする判断基準についてWG側の説明を引用している。当該引用部分をリードから抜粋する。

愛媛県と今治市は特区提案を公表していたため、WGが非公表の基準だと主張する「提案者の保護」にも該当しない(抜粋終わり)

しかし、WG側の説明を記すと次の通りである。

国家戦略特区WG運営要領(内閣府サイト)によると、公表か非公表かの判断は、

(審議の内容等の公表)第4条座長は、ワーキンググループの内容等を適当と認める方法により、公表する。

とある。要するにWG座長の裁量に委ねられている。

そしてそのWG座長の八田達夫氏(アジア成長研究所理事長、大阪大学名誉教授)は、6月15日に自身が公開した「毎日新聞社杉本修作記者への回答」によって、毎日新聞記者との質疑形式で非公表の判断方法について丁寧に説明している。(抜粋は以下の通り)

質問1:なぜ開催を非公開としたのですか。非公開にした理由について答えてください。

回答1:当WGでは、(中略)原則は公開としつつ、他方で提案者が非公開を望み、それに相当の理由があると認められる場合や、その他提案者を守る必要があると考えられる場合には、非公開を認めるとしてきました。必要に応じ、個別の情報収集や意見交換などの打ち合わせを行うこともあります。例えば、業界の内情に関する内部告発に類する情報提供を頂くこともあります。こうした場合、お話を伺ったこと自体を含め、秘匿するのは当り前です。(抜粋おわり)

つまり、原則公開だが、非公開とするには次の2条件があると説明している。どちらか1つに該当すれば非公開とする場合があるという並列的な条件である。

非公開条件1:提案者が非公開を望み、それに相当の理由があると認められる場合

非公開条件2:必要に応じ、個別の情報収集や意見交換などの打ち合わせ

更に八田座長は、非公開条件1についての理解を深める目的で、「業界の内情に関する内部告発に類する情報提供の場合、お話を伺ったこと自体を含め秘匿する」という具体的例示を添付して丁寧に説明しているのである。

その解り易い説明を受けたにもかかわらず、毎日新聞は正しくは2つある条件のうちの1つの条件の、しかも具体的例示という一部分だけを指して「WGが主張する非公表の基準」としている。並列的な複数の条件のうちの一つに該当しないことをもって、(全ての)「条件に該当しない」と言い切るのは、論理的には偽(間違い)である。

【根拠の無い印象操作語】願望または妄想のオピニオン

「場当たり的な名目で特区審査を隠せる制度のずさんさが浮かんだ形だ」

リードのメインメッセージ、つまり記事全体で最も強く主張しているのはこの一文である。

しかし、この主張の論拠は全て事実と異なるので、これはオピニオンではなく願望または妄想に過ぎない。つまり、

  • 「場当たり的な名目」…非公表の判断条件は明確であり、単なる「打ち合わせ」は非公表も可
  • 「特区審査」…審査は規制や業界を管轄する各省庁側が行う
  • 「隠せる制度」…秘匿したのはヒアリングであり特区審査ではない。打ち合わせの謝金支払い書類という細部まで公開されているほどであり、「隠せる制度」ではない
  • 「ずさんさ」…実の無い印象操作語

逆に、場当たり的な名目で事実を隠せる記事作成のずさんさが浮かんだ形だ。

【他人語り】根拠薄弱なメッセージのリスク回避

「野党が『非公表を恣意的に決めている』と批判を強めるのは必至だ」

記事の末尾に恒例の毎日新聞に所属しない人物のコメントを掲載している。主語は「野党が」という一体誰なのかさえ曖昧にぼかした言葉である。しかも今回は未だ発言されてもいない「予想されるコメント」である。根拠の乏しい印象操作メッセージだ。推測に過ぎないが、これは「野党もこういう言い回しで追及すべし」という啓蒙文だ。主張の根拠の弱さを自覚し、また同時にキャンペーンへの参加を募集している文章である。

論拠はデコイ【decoy】、文章はレトリカル【rhetorical】

全文に言及すると長くなるのでこれで結論とするが、今回の記事は論理的なのは形式だけで、意味をなさない空文であろう。偽の論拠に立脚したうわべだけ又は大袈裟な文章という意味である。

この優れた修辞技術を前向きな政策提言に用いるならば、新聞社は日本の発展をリードできるはずだ。今回は攻める相手を間違えていないか。

田村 和広 算数数学の個別指導塾「アルファ算数教室」主宰
1968年生まれ。1992年東京大学卒。証券会社勤務の後、上場企業広報部長、CFOを経て独立。