談合をめぐる環境変化と談合罪の再確認

令和元年の現在、「良い談合」「悪い談合」が堂々と議論されていた昭和の時代は遠い過去のものとなり、「必要悪」といわれていた入札談合を擁護する主張はほぼ皆無となった。

平成に入り、いわゆる「ゼネコン汚職」をきっかけに急速に進められた競争入札改革や、日米構造協議を受けた独占禁止法強化の流れの中で、入札談合の余地は狭められていった。その決定打となったのは、2005年に大手ゼネコンが共同で行った「談合決別宣言」であった。独占禁止法の制裁は数次にわたり強化され、指名停止期間も拡大、談合発覚時の違約金特約も契約金額の20%程度が当たり前になった。入札談合に対するメディアの取り上げ方も大きくなり、その批判も強烈なものとなった。

競争入札は、競争という手続きを用いることによって、最適な契約者と契約条件とを発見することを可能にする仕組みである。価格面でいうならば、競争入札は競争価格を実現してくれることにその効用がある。禁止される入札談合とは受注調整なので受注調整に至らない「話し合い」は本来射程外だが、入札談合に対する激しい攻撃に晒された企業は「少しでも疑われる」ことに過剰に反応するようになった。

その典型例が、リニア談合事件における大林組の対応である。大林組は事件の摘発を受けて、大学の同窓会なども含めて他のゼネコンが出席する会合や飲み会に役員や社員が参加するのを原則禁止する、というコンプライアンス対策を発表した(日経XTECH記事「なめてませんか?コンプライアンス:ささいなルール破りが倒産や懲戒処分に」参照)。ライバル社と競争制限につながる情報交換がなされるのを防ごうという狙いだが、過剰反応だという批判が相次いだ。

そのような過剰反応の背景には、入札談合の犯罪としての要件について少なくない誤解があるのかもしれない。ある業者が他の業者に応札の意欲があるかどうかを聞いただけで刑法の談合罪が成立するかのように考えている捜査当局の職員がいるとも聞く。疑いのきっかけになる事実と犯罪を構成する事実とを混同しているとしかいいようがないが、当局でさえそうなのだから、一般にはもっと誤解されているかもしれない。

以下では、談合罪に係る基本事項、具体的には「条文」「『談合』の意味」「『公正な価格』の意味」について触れることとしよう。一週間ほど前に筆者は官製談合防止法違反の罪についても解説したところであり(「官製談合防止法のリアル:“金星”目当ての捜査の危険性」参照)、こちらも併せて参照いただきたい。独占禁止法については、日を改めて別稿で論じることとする。

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条文

刑法96条の6第1項(公契約関係競売等妨害罪)は「偽計又は威力を用いて、公の競売又は入札で契約を締結するためのものの公正を害すべき行為をした者は、3年以下の懲役若しくは250万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。」と定め、同第2項(談合罪)は「公正な価格を害し又は不正な利益を得る目的で、談合した者も、前項と同様とする。」と定める。談合罪は昭和16年の刑法改正において創設された。

「談合」とは

「談合」とは辞書的にいえば「談じ合うこと」あるいは「話し意を合わせること」である。談合罪には「何についての談合か」は明記されていないが、前項の公契約関係競売等妨害罪を受けてのものなので、入札(あるいは競売)における談合(以下「入札談合」のことを意味するのは明らかである。入札談合とは、入札において応札者等が通謀して、特定の者を契約者にさせるべく各々の応札行動を決めるように協定することを意味する。

最低価格自動落札方式の場合、しばしば「チャンピオン」と呼ばれる受注予定者を受注者とするため他の談合業者はチャンピオンの応札価格よりも高い価格を入れる、あるいは他の業者が応募しない、応札しない形で実現される。一言でいえば「受注調整」である。

昭和16年の刑法改正の当時、政府は「談合」を「入札者又ハ競売ノ申込者ガ互ヒニ通謀ノ上或ル特定人ヲシテ、契約締結者タラシムル為メ、他ノ者ハ一定ノ価格以下又ハ以上ニテハ、入札又ハ付値ヲナサザルベキコト協定スル行為ヲ云フ」(*1)と説明しており、制定後に形成された裁判例においても「公の競売又は入札において・・・競争者が通謀して或る特定の者をして契約者たらしめるため他の者は一定の価格以下又は以上に入札しないことを協定する」(*2)ことを指すものとされた(*3)

なお、談合罪の成立のためには応札可能業者(あるいは被指名業者)全員が当該協定に参加することまでは要しないが、競争入札の手続に影響を与えないくらいに少数の者による協定、あるいは他に十分に対抗し得る業者が存在し、そもそもの実効性に欠けるならば、談合罪の成立が否定されることになる。

「公正な価格」:立法者意思と判例

談合罪の構成要件である「公正な価格を害し又は不正な利益を得る目的」をどう理解するかについてはその保護法益論に関連して従来から見解が分かれてきた。ここでは「公正な価格」に絞って考察する。

「談合(すること)」(=競争を制限することを合意すること)と「公正な価格」とが並列しているので、何らかの制限があったとしても「公正な価格」の阻害に向けられたものでなければ犯罪が成立しない、と考えるのが自然な見方である。昭和16年に談合罪が刑法典に盛り込まれた際の、立法者意思はまさにそのようなものであった。

帝国議会衆議院における牧野良三議員の「適正価格ト云フモノハ、二、三年前マデハ大変不明瞭ナモノノヤウニナツテ居リマシタガ、 昨年以来統制経済ニナリマシテカラ、適正価格ト云フコトハ大変明瞭ナ観念ニナツタ」(*4)という発言からもわかる通り、当時の統制経済下では、公定価格等を前提として予定価格が定められている故に「適正価格」も一定範囲に収まることが当然の前提となり、それを破る目的でなされる談合にこそ可罰性がある、という理解になる。つまり、そこでは「公正な価格」と競争的な価格とは必ずしも一致する訳ではなかったのである。

「公正な価格」の理解について最高裁判例は「競争価格説」に立っているといわれている(*5)。すなわち「公正な価格」とは「当該入札において、公正な自由競争によつて形成せられたであろう落札価格」のことであり、競争制限によって競争によって本来形成されただろう価格が引き上げられた以上、それはすなわち「公正な価格」を害することになるのである。そのような理解は戦後になって導かれたものである。

これに対抗する適正利潤説、すなわち「当該工事等に関し、実費に適正な利潤を上積みした価格」とする考えは、下級審判決(*6)でしばしば見られてきたものであり、昭和時代の警察、検察実務のスタンダードとして理解されてきたものだった「競争価格説」では不良工事の回避といった公共調達の要請に合わないことから、最高裁判決とは異なる下級審判決が出て、それが確定するといった事態が生じるに至った経緯がある(*7)

競争的価格と「公正な価格」の距離

確かに戦後、統制経済は解かれ自由競争を中心とする体制に移行したので、戦前の議論がそのまま現在に通用する訳ではない。しかし会計法令上、「予定価格は、契約の目的となる物件又は役務について、取引の実例価格、需給の状況、履行の難易、数量の多寡、履行期間の長短等を考慮して適正に定めなければならない。」(予算決算及び会計令80条1項)という規定の下、各発注機関に共有されているその時々にスタンダードとされている積算単価を根拠に予定価格が定められているのであり、予定価格を暫定的な適正価格として位置付け、どこまでの乖離を「公正な価格」とするのか、という課題は残されたままなのである。

とりわけ公共工事においては、総合評価方式を原則化する理念法として平成17年に制定された公共工事品質確保法は平成26年の改正で、「公共工事を施工する者が、公共工事の品質確保の担い手が中長期的に育成され及び確保されるための適正な利潤を確保することができるよう、適切に作成された仕様書及び設計書に基づき、経済社会情勢の変化を勘案し、市場における労務及び資材等の取引価格、施工の実態等を的確に反映した積算を行うことにより、予定価格を適正に定めること。」(7条1号)と定めるなど、公共工事おける価格の適切さの理解については、従来の考えとは相当異なる環境となっていることは見逃せない。

また、価格競争といってもそれが過剰になれば独占禁止法の不当廉売規制に抵触する恐れが生じることになるのであるから、競争的価格=(法的に見て)公正な価格であるという単純な図式は成り立たない。刑法96条の6第2項の規定が、現在でも「談合」と「公正な価格」とを並列させている以上、競争的価格では言い尽くせない「公正な価格の侵害」とは何か、という論点は存在し続けるのである(*8)

施行者にとって利益になる場合

ここで注目しなければならないのは、昭和40年9月28日の東京高裁判決である(*9)。談合罪における「公正なる価格」が問題になった事案において東京高裁は以下のように判示している(同判決はその後、上告受理申立がなされたが棄却決定されている)。

果して然らば、公正なる価格を害する目的をもつてする談合罪とは、公正にして自由な競争入札が担保されている限り、その結果として形成された落札価格はこれを適正な価格と認めるべきであり、この価格を入札施行者の不利益に変更することを目的としながらなされた談合であると解釈すべきものであるといわなければならない。

同判決は、裏を返せば、入札施行者の「利益」になるような変更は「公正なる価格」の侵害にはならないことを述べている。例えば、公共工事において現場条件等が不利である等の事情から予定価格では割りが合わないと思われるケースでは通常入札不調が予想されるが、「地域のために」と地元業者が話し合ってどこかが責任をもって(赤字)受注するような場面があったとする(そのような話は決して稀有なものではない)。

この場合、競争的な価格は予定価格超のそれとなるが、話し合いの結果は予定価格以下となる。そのような行為は上記の「公正な価格」についての判例の理解(「競争価格説」)に立ったとしても、これを害することにはならないことになる。そういった趣旨の話し合いには「公正な価格を害する目的」は認められない、というのが過去の判例から導かれる結論なのである。

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以上、談合罪に係る基本的事項を確認してきた。競争入札に際して応札業者同士で何かを話し合えば、それで即、談合罪が成立するというものではないということは、ここからも容易に分かるだろう。

競争入札が所期の効果を達成する、すなわち複数の受注希望者が現れてそれらが競い合う結果、競争的な価格が競争入札において実現され、それが発注機関の利益、延いては納税者の利益に叶うという認識が、談合罪の基礎にある。それは言い換えれば、競争入札が機能する前提を欠くような場合、調達を確実ならしめるために業者間で話し合うことは談合罪の射程外であることを意味する。何故ならばそれは落札価格を発注機関にとって不利益に変更するものではないので「公正な価格を害する」ことにならないからである。

発注機関の怠慢あるいはミスを業者側が話し合ってフォローする実務を筆者は数多く見聞きしてきた。無謬性の体裁に拘る行政はこのような実態を認めようとしないだろうが、この現実に正面から向き合うことができなければ、公共調達実務の真の改革は望めない。談合罪の法実務は、そのための有益な材料を与えてくれるだろう。それだけに公共調達の制度と実務に詳しい法曹の養成が求められるのである。

*1 第76回帝国議会・衆議院借地法中改正法律案他一件委員会議事録(速記) 第4回(昭和16年2月24日)25 頁。
*2 最高裁昭和28年12月10日判決刑集7巻12号2418頁。
*3 他の者に受注意欲のないことを前提に受注予定者自らのみが予定価格を割り込む形で(魅力のない工事を請け負う)コンセンサスを取り付ける行為が「談合」になるかどうか、それ自体が重要な論点となる。
*4 第76回帝国議会・衆議院借地法中改正法律案他一件委員会議事録(速記)第4回(昭和16年2月24日)21頁。
*5 最高裁昭和28年12月10日決定刑集7巻12号2418頁、最判昭32年1月22日刑集11巻1号435頁等。
*6 東京高裁昭32年5月24日判決高刑集10巻4号361頁等。
*7 いわゆる「大津判決」(大津地裁昭和43年8月27日判決下刑集10巻8号866頁)である。
*8 次注の高裁判決でも、市場独占の目的での採算無視の入札の存在に触れながら、「いわゆるダンピング価格・・・も公正にして自由な競争入札によって得られた落札価格であるか否かに疑問があるから、公正な価格といい得るか否かは疑わしい」と述べている。
*9 東京高裁昭和40年9月28日判決高裁判決時報(刑事)16巻9・10号192頁。

楠 茂樹 上智大学法学部国際関係法学科・法科大学院教授

京都大学博士(法学)。京都大学大学院法学研究科・法学部助手、京都産業大学法学部専任講師等を経て現職。専門は公共調達制度、独占禁止法、経済刑法等。主著として、『公共調達と競争政策の法的構造(第2版)』上智大学出版/ぎょうせい(2017)。近著として、「談合、入札不正への官側の関与と刑法(特集 刑法と独占禁止法)」公正取引777号12頁以下(2015)、「最近における入札談合事件をめぐって(特集 最近における入札談合事件をめぐって)」公正取809号 2頁以下(2018)等。これまでに、国土交通大学校講師、総務省参与、東京都入札監視委員会委員長、京都府参与、奈良市入札制度等改革検討委員会委員長、京都府入札制度等評価検討委員会委員長、総務省行政事業レビュー推進チーム(外部有識者)構成員、内閣官房行政改革推進会議歳出改革WG構成員(法務省担当)、国土交通省関東地方整備局入札監視委員会委員長、財務省会計制度研究会委員、文部科学省・物品役務契約監視委員会委員等を歴任。