ドイツ銀行の経営再建策は絵に描いた餅に終わるかもしれない

有地 浩

7日、ドイツ銀行は2022年までに行員の約5分の1に当たる1万8千人の削減、投資銀行業務の大幅な縮小と商業銀行業務への回帰、投資銀行部門の資産740億ユーロ(約9兆円)を切り離して処分することなどを中心とする経営再建策を発表した。

ドイツ銀行のパウル会長(左)とゼーヴィングCEO(2018年撮影、公式flickrより:編集部)

リーマンショックの後、過去10年以上ドイツ銀行はその負の遺産に苦しめられてきた。そもそもは、1998年にアメリカのバンカーストラストを買収して、それまでの商業銀行業務主体の経営から投資銀行業務主体の経営に大きく舵を切ったことから始まった。

買収から10年余りは、世界最大の金融機関としての資金力と、高給で集めたスター級の投資銀行員の活躍によって収益を大きく伸ばしたが、リーマンショックで舞台は暗転してしまった。

経営不振が続き、CEO(頭取)が次々変わる中で、一時は120ユーロを超えた株価も今年6月初めには6ユーロを下回るまで落ち込み、今もまだ一桁台で推移している。

最終利益も2018年こそ若干の黒字となったが、それ以前は3期連続の赤字で、今年4〜6月期もリストラ費用で赤字が予想されている。

経営再建策の発表に当たってゼーヴィングCEOは「再び顧客にフォーカスして、我々の銀行が世界をリードする銀行になった原点に戻る」と決意を述べたが、投資銀行業務主体のビジネスから商業銀行業務主体のビジネスに戻るという判断自体は、正しいと思う。

例えが適切かどうかわからないが、商業銀行業務は融資先との深く長い付き合いの中で、お互いに利益を生み出していく、いわば農民的ビジネスだが、投資銀行業務は、目の前を逃げていくバッファロー(野牛)を馬にまたがって追いかけて投げ縄で捉える、いわばカウボーイ的なビジネスなので、商業銀行業務で盤石の地位を築いたドイツ銀行であっても、全く不慣れで不得意なビジネスだったのではなかろうか。

しかし、これからゼーヴィングCEOとドイツ銀行が歩む道は険しい。

普通こうした銀行のリストラの場合、不良資産を切り離した後、政府から公的資金の注入を受けて資産の処分を進めていくものだが、ドイツのメルケル首相は、ギリシャやイタリアなどの銀行危機の際に公的資金を注入することに強く反対しており、今回自国の銀行が経営不振になったからといって、おいそれと公的資金を注入するわけにはいかない。

一方、必要な資金を増資で調達しようとしても、株の価値の希釈を嫌う既存の株主の反発を受けるほか、株価が低迷している中で新規の資金が容易に集まってくるかどうかわからない。今回、ドイツ銀行が増資はしないと言っているのは、しないのではなくて、できないというのが本当のところだろう。

ドイツ銀行によれば22年までにリストラ費用として74億ユーロ(約9000億円)が必要としているが、これを現在やや高めの自己資本比率の引き下げと今後得られる収益で賄うのは大変だ。特にリーマンショック後、世界的に超低金利政策が広がり、更に今後金融緩和が予想される中で、十分な利ざやを確保するのは困難だ。

ドイツ銀行の経営再建策は、絵に描いた餅になるかも知れない。

もしドイツ銀行の経営再建が上手くいかないと、その影響は単にドイツ一国の問題だけではなく、その規模の大きさから欧州経済、ひいては世界経済にネガティブなショックを与えることが心配だ。

有地 浩(ありち ひろし)株式会社日本決済情報センター顧問、人間経済科学研究所 代表パートナー(財務省OB)
岡山県倉敷市出身。東京大学法学部を経て1975年大蔵省(現、財務省)入省。その後、官費留学生としてフランス国立行政学院(ENA)留学。財務省大臣官房審議官、世界銀行グループの国際金融公社東京駐在特別代表などを歴任し、2008年退官。 輸出入・港湾関連情報処理センター株式会社専務取締役、株式会社日本決済情報センター代表取締役社長を経て、2018年6月より同社顧問。著書に「フランス人の流儀」(大修館)(共著)。人間経済科学研究所サイト