音楽教室 対 JASRAC訴訟:潜入調査の職員と会長が注目の証言

城所 岩生

音楽教室事業者が、JASRACの著作権料徴収方針に反対して提起した裁判の証人尋問が9日、東京地裁で開催された。朝日新聞デジタルの「音楽教室の『主婦』実は潜入職員」報道以来、ネット上で物議をかもしたこともあって傍聴席はほぼ満席だった。JASRAC側の証人はバイオリンを習ったこの職員と井出博正(いではく)会長の部内者2名。音楽教室側はヤマハ音楽教室の講師2名(1人はピアノ、もう1人は弦楽器)、音楽教室の経営者兼講師1名、音楽教室の講師兼作家1名(いずれもピアノ)の計4名だった。

写真AC:編集部

職員が主婦を名乗って2年間行った潜入調査について、原告代理人は「集合住宅に政党ビラを配布した行為に住居侵入罪を認定した判決もあるが…」と尋問。2009年の最高裁判決を念頭に置いての質問だったが、被告代理人が訴訟の争点とは関係ないと異議を唱え、裁判長もこれを認めた。訴訟の争点は下表の3点なので、以下、争点ごとに双方の証人の尋問をまとめる。

音楽教室 対 JASRAC訴訟の争点

 音楽教室の主張  JASRACの反論
①音楽教室での演奏は「公衆」に対する演奏ではない。
①受講生が1人であっても過去に「公衆」とみなされた判決があるので、たとえ少人数であっても「公衆」である。
②音楽教室の演奏は「聞かせること」を目的とした演奏ではない。
②1人カラオケも「聞かせること」を目的とした演奏という判決が下されている。同様に、音楽教室も生徒や講師に「聞かせる」目的があるはず。
③音楽教室から使用料を徴収することは音楽文化の発展を妨げる。 ③著作権者にお金(使用料)を回すことこそ音楽文化を発展させる。

 

最初の「公衆に対する演奏か」について、JASRAC職員は「空きがあれば誰でも入会できる」と証言した。表のJASRACの反論のとおり、1人であっても誰でも加入できるのであれば公衆であるとする判例からすると、公衆に対する演奏ということになる。

聞かせることを目的とした演奏か?

JASRAC職員、音楽教室講師とも講師が1曲通して聞かせることがある点では一致していた。しかし、JASRAC職員が「講師の演奏はコンサートを聞いているようだった」と述べたのに対し、音楽教室側証人は口をそろえて、自分の感情を込めて演奏するコンサートでの演奏と、自分の表現は抑え、生徒にお手本を示すレッスンでの演奏では、同じ曲でも演奏の仕方は異なると指摘。

ある証人は料理にたとえて、「レッスンは料理をつくること、コンサートは料理を食べること」だと説明した。音楽教室の主張する「聞かせるための演奏」ではなく、「技能習得のための演奏」であることを裏付ける証言だった。

原告代理人は井出博正(いではく)会長に、オーケストラのリハーサルからは使用料を徴収してないことを確認した後、音楽教室も練習のための演奏ではないかと尋問。会長が音楽教室は事業としてやっていると回答したが、原告代理人はオーケストラも事業ではないかと切り返した(この後、会長は「オーケストラのリハーサルは自分の練習のためだから使用料をとらない」と答えていたようだったが、よくききとれなかった)。

音楽文化の発展につながるのか?

音楽教室の複数の証人はレッスンで扱う曲は9割以上が著作権切れのクラシックで、JASRACの管理する曲を使うのは稀だと述べた。そうだとすると、仮にJASRACの音楽教室からの使用料徴収が認められたとしても、支払額はそれほど負担にならないと想定されるが、使用料徴収には反対であるとした。その理由として、1人の証人は音楽人口が減ってしまい、音楽業界の地盤沈下につながる点を指摘した。

拙著「音楽はどこへ消えたか? 2019改正著作権法で見えたJASRACと音楽教室問題」(みらいパブリッシング)のQ16「著作権法の目的『文化の発展に寄与する』を第三者はどう解釈している?」で紹介したとおり、著作権法の権威である中山信弘東大名誉教授も次のように指摘している。

木の枝を刈り込みすぎて幹を殺してはいけない。音楽教室 に対して必要以上に著作権者の権利を主張すれば、音楽文化が発展しなくなるかもしれない。

もう一人の証人は使用料徴収が認められたら、JASRACの管理楽曲は使わないと証言した。これについても、拙著 のQ21「著作権の保護は『過ぎたるはなお及ばざるが如し』だって本当?」で紹介した以下の実例が現実味を帯びてくる。

音楽教室からも使用料を徴収することは、利用者を音楽から遠ざける結果を招くことを具体例で説明しましょう。
(中略)

もう一つは、Q.14と15で紹介したダンス教室に関連する話です。2004年の名古屋高裁判決で少数の会員相手でも公衆に対する演奏に当たり、無許可の演奏は著作権侵害に当たるとされたため、ダンス教室は使用料を支払っています。ところが、生徒数の少ない教室などから負担を訴える声が出たため、日本ボールルームダンス連盟は著作権切れの古い曲ばかり集めたCDを用意しています。

今回の裁判でもJASRACの主張が認められ、音楽教室が使用料を支払わなければならなくなった場合、同じようなことが起こるおそれは十分あります。ダンス教室に通う大人と違って、音楽教室に通う子どもの場合、今流行っている曲が弾けないようでは音楽に対する興味を失って、教室に通うのをやめかねません。

まとめると、過去の判例からはJASRAC有利にも見えるが、「誰でも加入できるのであれば1人でも公衆」「1人カラオケも聞かせるための演奏」とする一昔前の判例が、今の時代の社会通念に合っているのかという疑念も当然湧いてくる。早ければ年内に出るかもしれない判決が注目される。

城所 岩生 国際大学グローバルコミュニケーションセンター(GLOCOM)客員教授。米国弁護士。