アブスコパル効果(abscopal effect)は免疫効果だ

今月号のNature Medicine誌に「Programmable bacteria induce durable tumor regression and systemic antitumor immunity」という論文が報告されている。遺伝子操作をした無毒の細菌を利用して患者さんの体内で免疫反応を誘導する治療法が生k際されている。用いられた細菌は大腸菌であった。大腸菌というとO-157のイメージが定着しているので、危険な細菌である印象を持たれる方が多いと思うが、この論文では病原性のない大腸菌が利用されている。

がん細胞はCD47という分子を作り、免疫細胞系の攻撃を妨害して生き延びている。このCD47の働きを抑えるナノボディー(抗体=アンチボディの一部で抗体と同じ作用のあるもの)を遺伝子操作した細菌で送り届けさせて、がん細胞の作るCD47の働きを抑え、免疫系の活性化を図ったところ、マウスで非常に効果が高かったという論文である。

私が注目したのは、1か所の腫瘍にこの細菌を腫瘍内に局所注射した場合に、注射していない腫瘍も縮小効果があったという部分だ。これは注射した部分で活性化された免疫細胞が、体内を循環し、注射していない部分にたどり着き、離れた部分にある腫瘍を叩いたことを意味する。放射線療法などでも、照射した部分だけでなく、照射していない部分の腫瘍も縮小する場合が知られており、これを標題にあるアブスコパル効果と呼んでいる。多発転移があるから手の施しようがないと見捨てるのではなく、多発転移の場合のアプローチを改めて示したことになる。

シカゴ大学にいる時、大阪大学の野々村教授との共同研究で、腎腫瘍の凍結治療時に、凍結した腫瘍部位(当然ながら腫瘍細胞は死滅する)で強い免疫反応が引き起こされることを報告した。凍結療法でも、アブスコパル効果が起こることが報告されている。

多発転移がある場合、1-2か所のがんを放射線療法、凍結療法などで叩けば、まず、局所で免疫が活性化され、その免疫効果が全身に及ぶことが期待される。これらの治療に加え、ネオアンチゲン療法やネオアンチゲンで活性化したTIL(腫瘍から取り出したリンパ球)を組み合わせれば、もっともっと可能性が広がる。

そこで思い浮かんだのが、かつて取り組んでいたp53遺伝子療法やわれわれが見つけたアポトーシスを起こすp53AIP遺伝子を利用した治療だ。局所にこれらの遺伝子を届け、ネオアンチゲンでさらに免疫を強化すれば、これまでにない治療効果を起こすかもしれない。頭の中で可能性はどんどん広がっていくが、これを実現するには、規制も資金の課題も大きく立ちはだかる・

日本でできなければ、海外でこれに挑戦してみたいと思う梅雨空だ。

A 明日に向けて
B ぶつかって
S それでも駄目なら
CO ここは日本を
P  パスして
AL Alternative(別の道を)

だ。


編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2019年7月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。