日本の変な仕組み:学術研究会と製薬企業の事前検閲

中村 祐輔

日本に戻り、講演をする機会が増えた。がん診断・治療開発、プレシジョン医療、個別化医療、人工知能ホスピタルなど、多岐にわたって取り組んでいるので講演依頼が多いのかもしれない。

自分たちの取り組んでいる研究、内閣府でリーダーとして行っているプロジェクトを多くの方に知っていただく上で必要なことだと考え、アカデミアや患者団体からの依頼であれば、都合のつく限り引き受けることにしているが(もちろんお断りするケースも少なくない)、研究会と称するものの一部に、納得のいかない仕組みが存在している。

講演と言っても、対象とする聴衆は、自分の研究分野の方々、大学・公的機関の研究者、患者さんや家族の方々、一般の方など多種多様であるので、私の場合、専門的なレベルから一般の方にもわかりやすいような資料を5段階で準備している。

これは結構大変だし、当然ながら、和英両方のプレゼン資料の準備を日常から継続的にしなければならない。しかし、多くの方に知っていただくことなくして、自分の技術や考え方が広がっていかないのは歴然たる事実だ。

もちろん、大学の先生方から、自分たちの主催で行う研究会での講演を依頼されることも少なくない。それでも、最近、介在する人たちの態度が腹立たしくて、引き受けていた講演を、申し訳ないと思いつつ、二度続けて断ってしまった。アカデミアの研究会と思って引き受けたところ、あとから、製薬企業が出てきて、私たちがスポンサーだと言って出てくる。こ

こまでなら、以前もあったことだが、シカゴで浦島太郎をやっている間に変わったことがある。それは、発表前の製薬企業による発表スライドの検閲だ。

私は、研究会から依頼を受けて講演を受けた。それにも関わらず、事前に製薬企業の校閲を受けなければ発表できないのは、どう考えても納得できないのである。企業側は、企業としてのコンプライアンスとして必要だし、形式的だと言い訳をする。

しかし、契約上、事前チェックで何か言われれば、われわれはスライドの差し替えをしなければならない責務を負わされていることになっている。

自分の発表内容に対して、私が責任を取るのは当然のことだが、私から見れば、当初依頼をしてきた当事者でない製薬企業という第3者に検閲されなければならない理由はないと考える。日々、時間をかけて自分で作成したスライドをどうして製薬企業に差し出さないといけないのか?

人に物事を頼んできておきながら、その発表内容をチェックするというのであれば、最初から依頼などしなければいいと思うのは私だけなのだろうか(お前が変わっているだけだという声がたくさん聞こえそうだが)?

私は臨床現場で働いていないので、薬を処方することはない。したがって、薬剤の使用に関してバイアスのかかった発表をするはずもない。そもそも、薬剤の名前は知っていても、大半のものはどの企業が販売しているのかも知らない。

私の発表は、研究者として自分の研究成果を発表し、世界の動向を伝え、医療の将来像について語ることである。ある製薬企業など、私の別の講演会を事前に聞きに来て、同じような内容なら事前チェックの必要はありませんと、事前検閲を求めなかったこともある。これが良識のある姿勢ではないかと思う。

依頼者側は、講演を依頼する際にどのような講演内容を期待しているのか私に伝え、私はそれに沿って準備するにもかかわらず、講演の直接の依頼者でない者が、事前チェックを求める。おかしな制度だ。

と、今後は、このような形の講演を引き受けないことにしたので、ご理解いただきたい。


編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2019年7月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。